ヨルダン・ムスリム同胞団の活動禁止措置は、同団体の政治部門であるイスラーム行動戦線にどのような影響を与えるのか

CMEPS-J Report No. 101(2025年5月27日)

大森 耀太

はじめに

ヨルダン治安当局は、2025年4月15日、ロケット弾の製造および保管、無人機製造の企画、自動小銃および爆発物の所有、国内での人員勧誘、そして国外での人員の訓練を行い、「騒乱を企てた」として、16人を逮捕した(al-Jazeera[2025a])。また容疑者の一人が、「国外でムスリム同胞団の構成員から金銭を受け取り、それを国内にいる構成員に渡すよう指示された」と供述したのに加え、三人が、イスラーム主義組織との関係を示唆したことから、ヨルダン政府はこの事件の背後にはムスリム同胞団がいるとみている。一方、この事件後に開かれた4月21日の国会では、ヨルダン・ムスリム同胞団の政治部門で、第一党のイスラーム行動戦線党(IAF)に対して多くの議員から批判が起こり、一部議員はIAFに所属する議員の議員資格はく奪や、IAFによるムスリム同胞団を批判する声明の発行を求めた(Jordan News[2025])。これに対しIAFに所属する議員らは、「国家による武器の独占」や「国家の統一」を主張し、IAFが今回の事件とは関係がないことを主張した。その後、内務省は23日記者会見で、国内でのムスリム同胞団に対する一連の措置を発表し、同団体の活動を全面的に禁止すると宣言した。

本稿では、まずIAFが事件の直後に公開した声明文を翻訳し、その立場を明らかにする。その後、内務省が出したヨルダン・ムスリム同胞団の活動の禁止措置に関する声明を訳出してその内容を確認する。そのうえで、複数のメディアを分析することを通して、この発表によって、同団体の政治部門として設立され、2024年の選挙では第一党の座を獲得したIAFはどのような影響を受けるのかを検討していく。

1. IAFによる発表

本節では、イスラーム主義者らが15日に逮捕されたのを受けて、IAFが16日に公開した声明文を翻訳し、同政党の基本的な立場を明らかにする。

我々は、いかなる政治的議論においても、我が政党の役割に対するすべての疑念や挑発を拒絶する。
イスラーム行動戦線・執行部
ヨルダン政府報道官による記者会見の内容および、国家の安全を脅かした疑いのある人物が逮捕された動画について、イスラーム行動戦線はこれを非難するとともに、国家の治安と安定を脅かした事件への党員の関与を否定する。またイスラーム行動戦線は以下のことを確認する。
1.我々は、イスラーム行動戦線が、ヨルダンの安全と安定の維持を支持し、ヨルダンに対するいかなる攻撃も認めないことを確認する。このような立場は、我々が国家の重要な局面の際にいつも強調してきた立場であり、我々は常に、内憂外患において、武器の保有は国家にのみ限定されると主張しつつ、国政の第一線で戦ってきた。
2.イスラーム行動戦線は常に、憲法や政党法に則って活動する独立した政党として掲げる目標や目的に献身してきた。また、国民の意見を代弁し、国家や国民の利益を守るために、国会や地方議会、組合などの様々な機会において、その政治的役割を果たし、国民の意思を代表している。そして我々は、政治的議論の場におけるこのような国家的役割に対する挑発や攻撃、疑念を拒否し、そのような行動に対する法的権利を保持していることを確認する。
3.イスラーム行動戦線は、我が党をはじめとするイスラーム主義勢力に対する挑発や反対勢力の動員といった一部の人が行っていることおよび、仮に容疑者らの有罪が決まったとしても国家の治安を狙った単独犯による行為の責任を我が党に転嫁する試みに対して遺憾の意を表する。さらに我々は、司法当局が国家の治安と安定を標的とした容認しがたい行為に関与した者を明らかにすると期待する。というのも、国家の治安と安定は、誰もが越えてはならないレッドラインなのだ。また我々は、司法当局が、裁判所による被告人らとの公式な取り調べ記録や、家族から提供された逮捕の理由に関する情報を基に、容疑者らの本当の動機を明らかにすることを期待する。
4.国内の団結を強化し、ヨルダンを弱体化させる占領計画に与する「策略」およびヨルダンの国家的結束を損なおうとする動きに機会を与えないことの重要性を確認する。というのもヨルダンでは、拡張主義的なシオニスト計画がもたらす脅威に対抗するために、国民の団結が必要とされているのだ。またヨルダン人らは、祖国やその安全と安定、そしてガザ地区とパレスチナの人々と彼らによる勇敢な抵抗運動の支持のもとに団結し、祖国防衛の支えとなり、いかなる謀略との闘いにおいても第一線にそびえる鉄壁であり続けるだろう。
神がヨルダンを、その国民、軍隊、指導部、国家機関とともに、自由で、強く、安全な国として守ってくださいますように。
イスラーム行動戦線・執行部
アンマン:2025年4月16日(Ḥizb Jabha al-‘Amal al-Islāmī[2025]

IAFは、今回の事件には関与していないことを主張しつつ、常に国益にかなうように行動してきたことを強調している。また、国家の治安や安定、国家による武器の独占の重要性について言及した。一方で、「単独犯による行為」と述べることで、IAFの母体であるムスリム同胞団による関与も、案に否定していることがこの声明から分かった。

2. 内務省による発表

ヨルダン内務省が2025年4月15日に発生した事件を受けてムスリム同胞団の禁止を発表した声明を翻訳し、その内容を確認する。なお説明の簡略化のため、本文には段落番号を振った。

    1. 内務省は、解散したムスリム同胞団と呼ばれる活動に関する記者会見で、当該団体の活動を禁止し、その活動はすべて非合法であると発表した。
    2. 内務省:当該団体の構成員らが、治安や国家の一体性を損ね、治安システムおよび公共の治安をかく乱したことを確認した。
    3. 内務省:当該団体の構成員らが、闇取引や、治安をかく乱する活動を行ったことを確認した。
    4. 内務省:爆発物の製造および、治安機関やヨルダン国内の係争地に対する攻撃を企画していた当該団体の幹部1人をはじめとする数名による爆発物の使用を防いだことが明らかになった。
    5. 内務省:当該団体がその活動を続けることで、我々の社会に様々な危険が生じ、国民の命が脅かされることになる。
    6. 内務省:当該団体は、「細胞計画」が明らかになった夜、本部にある重要書類の多くを秘密裏に移動、焼却し、その活動や疑わしいつながりを隠蔽しようとした。
    7. 内務省:関連する裁判所の判決に則り、当該団体の所有物の押収を担う解体委員会の職務を迅速化する。
    8. 内務省:今回の事件や当該団体に関係する犯罪行為への加担が確認されたすべての個人および団体に対して必要な措置を講じる予定である。
    9. 内務省:当該団体やそのすべての関係団体と関わること、およびそれらの情報を拡散することを禁止する。
    10. 内務省:その場所が他団体との共有だったとしても、当該団体が使用するすべての事務所や支局を閉鎖する。(Wizāra al-Dākhilīya al-Urdunnīya[2025]

この声明では、ヨルダン政府は、「騒乱を企てた」として16人が逮捕された事件の背後にはムスリム同胞団がいると断定していることが第2、3、4段落から分かり、その理由として同団体が事件のあった日に、様々な重要文書を破棄していたことを挙げた。またムスリム同胞団の禁止措置は、同団体のみに影響するものではなく、同団体と関係のあるすべての団体や個人に影響するものであることが第8、9、10段落から見て取れる。つまりこの声明に従えば、ムスリム同胞団の政治部門であるIAF、そしてその党員や議員らに対しても、何らかの措置が講じられると予想できる。

3. 各紙の評価

今回の事件への関与を否定しているIAFだが、内務省の発表を翻訳したことで、同党も何かしらの措置の対象になる可能性があることが分かった。本節では、複数のメディアを翻訳、分析することで、今回の事件によるムスリム同胞団の禁止措置が同党に与える影響を検討する。

内務省による発表の翌日24日に発行されたAP通信(The Associated Press[2025])の記事では、今後の見通しは不透明としつつも、IAFのワーイル・サッカー事務局長の発言を以下のように取り上げた。

IAFのワーイル・サッカー事務局長は、同党とムスリム同胞団の関係を否定しつつ、「我が党はいかなる組織とも無関係である」と述べ、同党が法に則って行動していると主張した。またサッカー氏は、「我々は常に、秩序、法、憲法条文を遵守すると宣言している」と述べ、IAF本部に対する治安部隊の家宅捜索に驚いたと付言した。

そのうえで、IAFの幹部が今回の事件との関係を否定している一方、内務省によるムスリム同胞団の禁止措置がどこまで及ぶのかはいまだに分からないとしている。

一方で、シンクタンクのストラテジックス(Strategiecs Think Tank[2025])は、内務省による発表後のシナリオとして、3つを挙げ、以下のように伝えた。

今後の見通しは3つに分かれる。一つ目は、禁止措置がムスリム同胞団に留まること、二つ目は、関与が証明された場合に同組織の政治部門であるIAFに対しても禁止措置が取られること、三つ目は、同団体と同党ともに完全に根絶されることである。

上記のような3つの見通しを提示しつつ、それぞれの進路を辿った場合にIAFが被る影響を考察した。禁止措置がムスリム同胞団のみに留まる場合、IAFは、「同団体と完全に関わりを絶つ」か、「同団体のフロント組織となる」かという2つの選択肢があるという。前者の場合は、IAFはその合法性を再確認し、良い評判を得ることになる反面、ムスリム同胞団の支持基盤や資金援助を失い、従来の力を失う可能性がある。一方で後者の場合は、同団体と関わりのある人物を受け入れたり、彼らと同団体の仲介役になったりする一方、IAFまでもが法的措置の対象になる恐れがあると述べている。一方で同機関は、IAFに対する禁止措置が取られた場合に元党員は、活動できなくなったIAFに代わる新たな政党や組織を設立するか、すでに存在するイスラーム主義政党や団体に入会すると予想する。また三つ目の選択肢である、ムスリム同胞団とIAFの完全な根絶が行われた場合、IAFの元党員らは地下活動や国家に対する武装蜂起の計画を行うだろうと、エジプトのムスリム同胞団を例に推測している。

またロンドンに本部を置くカタール系ニュースサイトのアラビー・ジャディード(al-‘Arabī al-Jadīd[2025])は、IAFはムスリム同胞団の政治部門であるため、同団体に対する禁止措置はIAFに大きな影響を与えるとしつつ、以下の通り述べた。

これらの状況を踏まえると、IAFには、新たな措置に適応し、ムスリム同胞団と距離を置くか、当局からの追及と監視にさらされ、解散させられるかの二つの選択肢があるが、前者はIAFにとって最も困難な選択肢である。というのも、政府のこの新たな措置のもとで、今日求められているのが同団体との関係の完全な断絶であるなか、親密な両者の関係をどうしたら切れるというのだろうか。しかし関係を絶たなければ、IAFの運命は、同団体と同じ運命をたどることとなる。また、重要な要素として、容疑者らが通る司法手続きが挙げられる。彼らは、個人として有罪となるのか、組織の一部として有罪となるのか。ここでは、証拠や証言が重要な役割を果たすだろう。

そのうえで、政党の解散には裁判所の判決が必要であるとしつつも、4月21日の国会で多くの議員がIAFの解散や所属議員の追放を求めていることからも、IAFに対する圧力は強まっていると評価した。

上記で取り上げた3紙のうち2紙が、今後のIAFについて、「ムスリム同胞団との関係の完全な断絶」か、「党の解散」かの2つの選択肢を挙げている。また3紙のいずれもが、議会ではIAFの解散や、これに所属する議員らの議員資格はく奪を求める声が上がっていることに言及しつつも、今後のIAFの命運については、治安機関や裁判所の判断にゆだねられていると評価している。

4. その後の進展

前節で取り上げた報道では、IAFの今後は、裁判所で逮捕された容疑者らがどのような罪に問われ、有罪判決を受けるのか、またもしIAFが告訴された場合に裁判所はどのような判決を下すのかに委ねられていることが分かった。そのため、今回の事件についての評価を俯瞰するだけでは、この事件がIAFに与えた影響について考察するには不十分である。よって本節では、イスラーム主義者らの逮捕およびムスリム同胞団の禁止措置発表から本稿執筆時点までの事件の進展を取り上げたい。

4月15日に「騒乱を企てた」16人の容疑者が逮捕され、23日には内務省がムスリム同胞団の活動禁止措置を発表した。その後、ムスリム同胞団の各事務所が捜査、閉鎖されるだけでなく、IAFの本部でも捜査が行われ、多数の文書が押収された。一方で16人の容疑者らについては、30日にそのうちの4人に対する判決が下された。4人は、「テロ防止法の規定に違反して、爆発物、武器、弾薬を不法に使用し、公共の秩序を乱し、社会の安全と治安を脅かす行為を行う目的で所持していた」罪で有罪判決を受け、20年の懲役刑および罰金刑が言い渡された(Arab News Japan[2025b])。また、残りの12人の裁判は、同じ罪での起訴ではあるものの現在も継続中である。また4人の有罪判決が発表された後、ムスリム同胞団は関与を否定する声明を出した(The Arab Weekly[2025])。

おわりに

「騒乱を企てた」として4月15日に逮捕された16人の容疑者の一部が、ムスリム同胞団との関係を示唆したり、実際に国外の支部とヨルダン支部の間の金銭のやり取りを仲介していたりしたため、ヨルダン当局はムスリム同胞団の禁止措置を講じるに至った。そしてムスリム同胞団の禁止に伴い、事務所の捜査および閉鎖が行われた。また、その後の裁判では16人のうち4人が、有罪判決を受けたものの、残りの12人の裁判は未だ継続中である。

この事件の影響は、ムスリム同胞団の政治部門であるIAFにも及んだ。事件発覚後の議会では、同党の解散や議員の資格はく奪を求める声があがったのに伴い、IAFは声明を出し、同党と容疑者らの関係を否定したり、同党の法的な正当性を主張した。しかし、内務省の声明から分かるように、ムスリム同胞団と関係する個人や団体にも何らかの措置が講じられることから、IAFやその党員に対しても何らかの措置が取られるのではないかと予想できる。また各紙は、同党には「ムスリム同胞団との関係の完全な断絶」か、「党の解散」かの二つの選択肢があると評価した。

ムスリム同胞団に対するさらなる措置が取られておらず、被告全員の判決も下されていない今、IAFの今後について判断するのは時期早々である。今後ヨルダン当局がムスリム同胞団やその関連組織および個人に対してどのような具体的な措置を講じるのか、またそれによってIAFがどのような影響を被るのか、さらなる観察を要するだろう。

参考文献