
CMEPS-J Report No. 109(2026年4月1日)
青山 弘之
はじめに
シリアでは、2025年10月と2026年3月に、アフマド・シャルア(Aḥmad al-Shar‘)移行期政権下で初となる暫定人民議会(Majlis al-Sha‘b)選挙が実施された。本稿では、これらの選挙の詳細を解説する。
人民議会選挙実施に至る経緯
2024年12月8日、バッシャール・アサド(Bashshār al-Asad)政権が崩壊し、シャーム解放機構(Hay’a Taḥrīr al-Shām)を主体とする反体制派が政権を掌握した。これを受けて、同年12月13日、シリア北西部の政務を担っていた政治問題局(Idāra al-Shu’ūn al-Siyāsīya、現在の外務在外居住者省政治問題総局(al-Amāna al-‘Āmma li-l-Shu’ūn al-Siyāsīya))のウバイダ・アルナーウート(‘Ubayda Arnā’ūṭ)報道官は、アサド政権下の2012年に制定された憲法とともに、2020年7月に選出された人民議会(第3期人民議会)を3ヵ月間停止すると発表した。
続いて、2025年1月29日、シリア革命勝利宣言大会において人民議会は正式に解散され、立法権が暫定大統領となったシャルアに付与されるとともに、移行期における暫定立法評議会(人民議会)の設立が委任された。また、同年3月2日の憲法宣言において、暫定人民議会の議員の3分の2を選出し、残る3分の1を大統領が任命することが定められた(青山[2025]、Aljazeera.net[2024]、大森[2025])。
さらに、2025年6月13日、シャルア暫定大統領は2025年政令(大統領令)第66号を発布し、選挙プロセスを監督・運営する人民議会選挙高等委員会(al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b)を設置するとともに、議会の定数を150議席と定め、各県に配分した(SANA[2025a])。
人民議会選挙高等委員会のメンバーおよび議席配分は、それぞれ表1および表2の通りである。
表1 人民議会選挙高等委員会
| 役職 | 氏名 |
| 委員長 | ムハンマド・ターハー・アフマド(Muḥammad Ṭāhā al-Aḥmad) |
| 報道官 | ナウワール・イリヤース・ナジュマ(Nawwār Iliyās Najma) |
| 委員 | ハサン・イブラーヒーム・ダギーム(Ḥasan Ibrāhīm al-Daghīm) |
| イマード・ヤアクーブ・バルク(‘Imād Ya‘qūb Barq) | |
| ラーラー・シャーヒル・イーズーキー(Lārā Shāhir ‘Īzūqī) | |
| ムハンマド・アリー・ムハンマド・ヤースィーン(Muḥammad ‘Alī Muḥammad Yāsīn) | |
| ムハンマド・ハドル・ワーリー(Muḥammad Khaḍr Wālī) | |
| ムハンマド・ヤースィル・カッハーラ(Muḥammad Yāsir Kaḥḥāla) | |
| ハナーン・イブラーヒーム・バルヒー(Ḥanān Ibrāhīm al-Balkhī) | |
| バドル・ジャームース(Badr al-Jāmūs) | |
| アナス・アブドゥフ(Anas al-‘Abduh) |
出所:SANA[2025a]より筆者作成。
表2 県別の議席数
| 県 | 議席数 |
| アレッポ | 20 |
| ダマスカス | 11 |
| ダマスカス郊外 | 10 |
| ヒムス | 9 |
| ハマー | 8 |
| イドリブ | 7 |
| ラタキア | 6 |
| ダイル・ザウル | 6 |
| ハサカ | 6 |
| タルトゥース | 5 |
| ダルアー | 4 |
| ラッカ | 3 |
| スワイダー | 3 |
| クナイトラ | 2 |
| 計 | 150 |
出所:SANA[2025a]より筆者作成。
人民議会選挙高等委員会は2025年6月18日、人民議会の議員を選出する選挙人団(al-Hay’a al-Nākhiba)を、専門人材層(Fi’a al-Kifā’āt)と名士・名望家層(Fi’a al-Wujahā’ wa al-A‘yān)の二つのカテゴリーに区分し、前者の人数を70%、後者を30%とすることを決定した。同委員会はまた、同年7月26日にシャルア暫定大統領に提出した選挙に関する暫定的制度の最終案において、定数を210議席、投票日を9月15日から20日とすることなどを報告した(SANA[2025b][2025c])。
これを踏まえ、シャルア暫定大統領は2025年8月20日、2025年政令第143号を発布し、人民議会選挙高等委員会の最終案を踏まえて、定数を210議席に確定するとともに、選挙区を従来の県単位から郡単位へと変更することを定めた(SANA[2025d])。さらに、人民議会選挙高等委員会は同年8月26日、決定第24号を発出し、比例代表の原則を尊重するとして、選挙区とその議席配分を定めた。選挙区は原則として郡を単位としたが、アレッポ県のサフィーラ郡とダイル・ハーフィル郡、ダマスカス郊外県のダマスカス郊外郡とヤブルード郡、ヒムス県のムハッラム郡とクサイル郡、ならびにタルトゥース県のドゥライキーシュ郡とシャイフ・バドル郡は、それぞれ一つの選挙区として統合された。このうち、ダマスカス郊外県のダマスカス郊外郡とヤブルード郡、およびヒムス県のムハッラム郡とクサイル郡の組み合わせは、地理的に離れた不自然な区分となっている。
選挙区および議席配分は、表3および図1の通りである(al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2025b])。
表3 選挙区(郡)別の議席数
| 県 | 選挙区 | 議席数 | 合計 |
| アレッポ | スィムアーン山郡(アレッポ市) | 14 | 32 |
| アアザーズ郡 | 3 | ||
| バーブ郡 | 3 | ||
| サフィーラ郡、ダイル・ハーフィル郡 | 2 | ||
| アターリブ郡 | 1 | ||
| ジャラーブルス郡 | 1 | ||
| アフリーン郡 | 3 | ||
| アイン・アラブ郡 | 2 | ||
| マンビジュ郡 | 3 | ||
| ダマスカス郊外 | ダマスカス郊外郡、ヤブルード郡 | 3 | 12 |
| ザバダーニー郡 | 1 | ||
| タッル郡 | 1 | ||
| クタイファ郡 | 1 | ||
| ナクブ郡 | 1 | ||
| ドゥーマー郡 | 3 | ||
| カトナー郡 | 1 | ||
| ダマスカス | 10 | ||
| ヒムス | ヒムス郡 | 8 | 12 |
| ラスタン郡 | 1 | ||
| ムハッラム郡、クサイル郡 | 1 | ||
| タドムル郡 | 1 | ||
| タッルカラフ郡 | 1 | ||
| ハマー | ハマー郡 | 5 | 12 |
| スカイラビーヤ郡 | 2 | ||
| サラミーヤ郡 | 2 | ||
| ムハルダ郡 | 1 | ||
| ミスヤーフ郡 | 2 | ||
| ハサカ | ハサカ郡 | 3 | 10 |
| カーミシュリー郡 | 4 | ||
| マーリキーヤ郡 | 2 | ||
| ラアス・アイン郡 | 1 | ||
| ラタキア | ラタキア郡 | 3 | 7 |
| ハッファ郡 | 1 | ||
| カルダーハ郡 | 1 | ||
| ジャブラ郡 | 2 | ||
| タルトゥース | タルトゥース郡 | 2 | 5 |
| ドゥライキーシュ郡、シャイフ・バドル郡 | 1 | ||
| サーフィーター郡 | 1 | ||
| バーニヤース郡 | 1 | ||
| ダイル・ザウル | ダイル・ザウル郡 | 5 | 10 |
| ブーカマール郡 | 3 | ||
| マヤーディーン郡 | 2 | ||
| ラッカ | ラッカ郡 | 3 | 6 |
| サウラ(タブカ)郡 | 1 | ||
| タッル・アブヤド郡 | 2 | ||
| ダルアー | ダルアー郡 | 3 | 6 |
| サナマイン郡 | 1 | ||
| イズラア郡 | 2 | ||
| イドリブ | イドリブ郡 | 3 | 12 |
| マアッラト・ニウマーン郡 | 2 | ||
| ハーン・シャイフーン郡 | 1 | ||
| ジスル・シュグール郡 | 2 | ||
| ハーリム郡 | 2 | ||
| アリーハー郡 | 2 | ||
| スワイダー | スワイダー郡 | 1 | 3 |
| シャフバー郡 | 1 | ||
| サルハド郡 | 1 | ||
| クナイトラ | クナイトラ郡 | 2 | 3 |
| フィーク郡 | 1 | ||
出所:al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2025b]をもとに筆者作成。
図1 選挙区

出所:al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2025b]をもとに筆者作成。
第1回投票
選挙は当初、シリア全土での実施を目指して準備された。しかし、2025年8月23日、人民議会選挙高等委員会は、安全上の課題を理由に、スワイダー県、ハサカ県、ラッカ県での選挙実施を延期すると発表した(al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2025a])。
もっとも、「安全上の課題」とされたものの、実際には、延期はこれらの県の政治情勢を反映したものであった。
スワイダー県では、2025年7月、シリアにおけるドゥルーズ派の最高宗教指導者であり、ムワッヒド・ドゥルーズ精神指導部(al-Ri’āsa al-Rūḥīya li-l-Muwaḥḥidīn al-Durūz)の代表であるヒクマト・ヒジュリー(Ḥikmat al-Hijrī)師を長とする同派勢力と、移行期政権の軍・治安部隊、およびこれを支持するベドウィン系・部族系武装勢力との間で戦闘(そして後者によるドゥルーズ派の殺戮)が発生した。そして、これを口実として、イスラエル軍が首都ダマスカスなどを爆撃した結果、同県では、ヒジュリー師が主導するドゥルーズ派の自治が確立され、移行期政権の主権が及ばない状態となっていた。
また、ハサカ県およびラッカ県の大部分、ならびにダイル・ザウル県のユーフラテス川以東地域は、クルド民族主義組織の民主統一党(Partiya Yekîtiya Demokrat:PYD)が主導するシリア民主軍(Qūwāt Sūriyā al-Dīmuqrāṭīya)および北・東シリア地域民主自治局(al-Idāra al-Dhātīya al-Dīmuqrāṭīya li-Iqlīm Shamāl wa Sharq Sūriyā、以下シリア民主軍諸派)の支配下にあり、同様に移行期政権の統治が及ばない状況にあった(図2を参照)。
図2 2025年10月の勢力図

出所:筆者作成。
投票日について、人民議会選挙高等委員会は前述の通り、2025年9月15日から20日とすることをシャルア暫定大統領に報告していた。しかし、同委員会のナウワール・イリヤース・ナジュマ報道官は9月14日、選挙人団の立候補申請の審査が継続していることを理由に延期を発表し(SANA[2025e])、9月21日の2025年決定第44号により、投票日は10月5日に変更された(al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2025c])。
人民議会選挙高等委員会は2025年9月26日、2025年決定第47、48、49、50、51、52、53、54号を発出し、タッル・アブヤド郡、ラアス・アイン郡、ジャブラ郡を除く選挙区における選挙人団の名簿を発表した(al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2025e][2025f][2025g][2025h][2025i][2025j][2025k][2025l])。さらに9月28日には、ジャブラ郡の選挙人団名簿が発表された(al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2025m])。
2025年9月27日および28日には立候補者の受付が行われ(al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2025d])、同月29日には2025年決定第61号により、タッル・アブヤド郡およびラアス・アイン郡を除く立候補者名簿が発表された(al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2025n])。投票は10月5日に実施され、その結果は翌6日、人民議会選挙高等委員会が2025年決定第66号を発出して当選者を発表する形で公表された(al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2025o])。なお、シリア民主軍諸派の支配下にあるアレッポ県アイン・アラブ(コバネ)郡では、選挙は実施されなかった。
当選者は表4の通りである。
表4 2025年10月5日の投票の結果
| 県 | 選挙区 | 氏名 |
| アレッポ | スィムアーン山郡 | アフマド・ムハンマド・ハリーリー(Aḥmad Muḥammad al-Ḥarīrī) |
| ビシュル・ナジュムッディーン・ハーウィー(Bishr Najm al-Dīn al-Ḥāwī) | ||
| タンマーム・ムハンマド・ルードゥアミー(Tammām Muḥammad al-Lūda‘mī) | ||
| アーリフ・アブドゥルマジード・ラッズーク(‘Ārif ‘Abd al-Majīd Razzūq) | ||
| アブドゥルアズィーズ・アブドゥルカーディル・マグリビー(‘Abd al-‘Azīz ‘Abd al-Qādir Maghribī) | ||
| アブドゥルカーディル・ムハンマド・ハウジャ(‘Abd al-Qādir Muḥammad Khawja) | ||
| アブドゥルカリーム・サーリフ・アカイディー(‘Abd al-Karīm Ṣāliḥ ‘Akīdī) | ||
| アッザーム・ファーディル・ハーンジー(’Azzām Fāḍil Khānjī) | ||
| アキール・ムハンマド・フサイン(’Aqīl Muḥammad Ḥusayn) | ||
| アリー・ジャースィム・ジャースィム(‘Alī Jāsim al-Jāsim) | ||
| アンマール・ムハンマド・ディーブ・ターワウズ(‘Ammār Muḥammad Dīb Ṭāwūz) | ||
| ムハンマド・ラーミズ・アフマド・クールジュ(Muḥammad Rāmiz Aḥmad Kūrj) | ||
| マフムード・カーミル・ムスタファー(Maḥmūd Kāmil Muṣṭafā) | ||
| ムハイディー・サイフッディーン・イーサー(Muhaydī Sayf al-Dīn ʿĪsā) | ||
| アアザーズ郡 | バシール・ムハンマド・ハイル・アリートゥー(Bashīr Muḥammad Khayr ‘Alīṭū) | |
| ジャアファル・サーディク・アブドゥッラティーフ・タッハーン(Ja’far al-Ṣādiq ‘Abd al-Laṭīf Ṭaḥḥān) | ||
| ムアイイド・アフマド・カブトゥール(Mu’ayyid Aḥmad Qabṭūr) | ||
| バーブ郡 | ウサーマ・マフムード・ナウース(Usāmah Maḥmūd al-Na’ūs) | |
| ターリク・ムハンマド・サッルー(Ṭāriq Muḥammad Sallū) | ||
| ムハンマド・ファウワーズ・マハッリー(Muḥammad Fawwāz al-Maḥallī) | ||
| サフィーラ郡、ダイル・ハーフィル郡 | ウマル・ハムドゥー・ガリーブー(‘Umar Ḥamdū Gharībū) | |
| ガッサーン・マフムード・アブドゥッラー(Ghassān Maḥmūd al-‘Abd Allāh) | ||
| アターリブ郡 | アフマド・アブドゥッラー・マフムード・サーリフ(Aḥmad ‘Abd Allāh Maḥmūd Ṣāliḥ) | |
| ジャラーブルス郡 | ターリク・ハサン・ハマド(Ṭāriq Ḥasan Ḥamad) | |
| アフリーン郡 | ランキーン・ムハンマド・アブドゥー(Rankīn Muḥammad ‘Abdū) | |
| シャイフ・サイード・アフマド・シャイフ・イスマーイール・ザーダ(Shaykh Sa’īd Aḥmad Shaykh Ismā’īl Zāda) | ||
| ムハンマド・サイドゥー・サイドゥー(Muḥammad Saydū Saydū) | ||
| マンビジュ郡 | アフマド・イドリース・トゥアーン(Aḥmad Idrīs al-Ṭu’ān) | |
| イブラーヒーム・ハリール・ターリブ(Ibrāhīm Khalīl al-Ṭālib) | ||
| ムスタファー・ウマル・ハーッジ・アブドゥッラー(Muṣṭafā ‘Umar Ḥāj ‘Abd Allāh) | ||
| ダマスカス郊外 | ダマスカス郊外郡、ヤブルード郡 | ムハンマド・スライマーン・ムハンマド・サラーフ・ダフラー(Muḥammad Sulaymān Muḥammad Ṣalāḥ Daḥlā) |
| ハッサーン・アフマド・アターヤー(Ḥassān Aḥmad ‘Aṭāyā) | ||
| ムハンマド・アッザーム・タフスィーン・ハイダル(Muḥammad ‘Azzām Taḥsīn Ḥaydar) | ||
| ザバダーニー郡イマード・アリー・アシュラファーニー(‘Imād ‘Alī al-Ashrafānī) | ||
| タッル郡 | アイマン・アブドゥフ・シャンムー(Ayman ‘Abduh Shammū) | |
| クタイファ郡 | ハーリド・アラファート・ウラービー(Khālid ‘Arafāt ‘Urābī) | |
| ナブク郡 | ムハンマド・シャリーフ・ユースフ・ターリブ(Muḥammad Sharīf Yūsuf Ṭālib) | |
| ドゥーマー郡 | フサーム・アドナーン・ハムダーン(Ḥusām ‘Adnān Ḥamdān) | |
| ムスタファー・マフムード・サクル(Muṣṭafā Maḥmūd Saqr) | ||
| ニザール・ムハンマド・シャーイブ(Nizār Muḥammad al-Shāyib) | ||
| カトナー郡 | アリー・マスウード・マスウード(‘Alī Mas’ūd Mas’ūd) | |
| ダマスカス | ハッサーン・ナズィール・シャイハ(Ḥassān Nadhīr al-Shaykha) | |
| ラドワーン・ムハンマド・スバイナーティー(Raḍwān Muḥammad al-Subaynātī) | ||
| アドナーン・ムハンマド・ジャマールッディーン・ハティーブ(‘Adnān Muḥammad Jamāl al-Dīn al-Khaṭīb) | ||
| アンマール・ウサーマ・シャルカトリー(‘Ammār Usāmah Sharqaṭlī) | ||
| ムハンマド・バースィル・ムヒーッディーン・ハイラム(Muḥammad Bāsil Muḥyī al-Dīn Haylam) | ||
| ムハンマド・サアディー・ムハンマド・ヒシャーム・スッカリーヤ(Muḥammad Sa’dī Muḥammad Hishām Sukkrīya) | ||
| ムハンマド・ファーディー・アフマド・ハラビー(Muḥammad Fādī Aḥmad al-Ḥalabī) | ||
| ムハンマド・ウィサーム・ムハンマド・サラーフッディーン・ザグルール(Muḥammad Wisām Muḥammad Ṣalāḥ al-Dīn Zaghlūl) | ||
| ニザール・ユーヌス・マダニー(Nizār Yūnus al-Madanī) | ||
| ヒシャーム・フスニー・アフユーニー(Hishām Ḥusnī al-Afyūnī) | ||
| ヒムス | ヒムス郡 | アブドゥッラー・ムハンマド・ハーリド・ガンヌーム(‘Abd Allāh Muḥammad Khālid Ghannūm) |
| クタイバ・アフマド・イーサー(Qutaybah Aḥmad al-‘Īsā) | ||
| キナーン・ムハンマド・ラビーブ・ナッハース(Kinān Muḥammad Labīb al-Naḥḥās) | ||
| ムハンマド・ワリード・バキール(Muḥammad Walīd al-Bākīr) | ||
| ナーディル・ムハンマド・アディーブ・スヌーフィー(Nādir Muḥammad ‘Adīb Ṣunūfī) | ||
| ナースィル・ムハンマド・イード・ムハイミード(Nāṣir Muḥammad ‘Īd al-Muḥaymīd) | ||
| ヌール・ムハンマド・ムアイイド・ジャンダリー(Nūr Muḥammad Muʾayyid al-Jandalī) | ||
| ワッダーフ・ナジーブ・ラジャブ(Waḍḍāḥ Najīb Rajab) | ||
| ラスタン郡 | ムハンマド・アブドゥッラフマーン・アイユーブ(Muḥammad ‘Abd al-Raḥmān Ayyūb) | |
| ムハッラム郡、クサイル郡 | アフマド・ムハンマド・スマーイール(Aḥmad Muḥammad al-Smā’īl) | |
| タドムル郡 | マフムード・ムハンマド・アミーン・マードゥーン・アスアド(Maḥmūd Muḥammad Amīn Mādūn As’ad) | |
| タッルカルフ郡 | サーリム・ムハンマド・アフマド(Sālim Muḥammad al-Aḥmad) | |
| ラスタン郡 | ムハンマド・アブドゥッラフマーン・アイユーブ(Muḥammad ‘Abd al-Raḥmān Ayyūb) | |
| タドムル郡 | マフムード・ムハンマド・アミーン・マードゥーン・アスアド(Maḥmūd Muḥammad Amīn Mādūn As’ad) | |
| タッルカルフ郡 | サーリム・ムハンマド・アフマド(Sālim Muḥammad al-Aḥmad) | |
| ハマー | ハマー郡 | バッサーム・ムハンマド・ヒルミー・フサイン(Bissām Muḥammad Ḥilmī al-Ḥusayn) |
| ターリク・ハーリド・マダニー(Ṭāriq Khālid al-Madanī) | ||
| アブドゥッラー・ハーッジ・アブドゥッラー(‘Abd Allāh al-Ḥāj ‘Abd Allāh) | ||
| ウスマーン・アブドゥルカーディル・ナッカール(‘Uthmān ‘Abd al-Qādir al-Naqqār) | ||
| ムウミナ・アブドゥルガニー・アラブー(Muʾminah ‘Abd al-Ghanī ‘Arbū) | ||
| スカイラビーヤ郡 | アブドゥッラッザーク・ユースフ・アリーウィー(‘Abd al-Razzāq Yūsuf al-‘Alīwī) | |
| アブドゥルファッターフ・ハサン・ウバイド(‘Abd al-Fattāḥ Ḥasan ‘Ubayd) | ||
| サラミーヤ郡 | アブドゥッラー・アブドゥルカリーム・シャッアール(‘Abd Allāh ‘Abd al-Karīm al-Sha‘‘ār) | |
| ヤースィル・マフムード・シャハーダ(Yāsir Maḥmūd al-Shahāda) | ||
| ムハルダ郡 | アブドゥンナースィル・ハサン・ウマル・フーシャー(‘Abd al-Nāṣir Ḥasan al-‘Umar al-Ḥūshān) | |
| ミスヤーフ郡 | イブラーヒーム・アブドゥッラー・アブドゥッラー(Ibrāhīm ‘Abd Allāh al-‘Abd Allāh) | |
| サーミル・アフマド・ムハンマド(Sāmir Aḥmad Muḥammad) | ||
| ラタキア | ラタキア郡 | ジャマール・アブドゥッラフマーン・マキース(Jamāl ‘Abd al-Raḥmān Makīs) |
| ルーラー・アブドゥッラー・ダーヤ(Rulā ‘Abd Allāh Dāya) | ||
| サーミル・ドゥーラーン・カラ・アリー(Sāmir Durān Qara ‘Alī) | ||
| ハッファ郡 | リファーア・ムスタファー・アクラマ(Rifā’ah Muṣṭafā ‘Akarama) | |
| カルダーハ郡 | アウス・ファーイズ・ウスマーン(Aws Fāyiz ‘Uthmān) | |
| ジャブラ郡 | アリー・ハサン・ヤアクーブ・アーガー(‘Alī Ḥasan Ya’qūb Āghā) | |
| ラーミー・イブラーヒーム・マフフーズ(Rāmī Ibrāhīm Maḥfūẓ) | ||
| タルトゥース | タルトゥース郡 | アッザーム・ムニール・ジャフジャーフ(‘Azzām Munīr Jaḥjāḥ) |
| アブドゥッラッザーク・ムハンマド・ライイス(‘Abd al-Razzāq Muḥammad Rayyis) | ||
| ドゥライキーシュ郡、シャイフ・バドル郡 | リーナー・ファヒーム・アイズーキー(Līnā Fahīm ‘Ayzūqī) | |
| サーフィーター郡 | ミー・ナーイフ・フルーフ(Mī Nājiḥ Khlūf) | |
| バーニヤース郡 | アムジャド・アクラム・アリー(Amjad Akram ‘Alī) | |
| ダイル・ザウル | ダイル・ザウル郡 | アフマド・ムハンマド・シャッラーシュ(Aḥmad Muḥammad al-Shallāsh) |
| アクラム・マダーフ・アッサーフ(Akram Madāḥ al-‘Assāf) | ||
| ハーリド・ジャマール・ハラフ(Khālid Jamāl al-Khalaf) | ||
| アーミル・ジャースィム・バシール(‘Āmir Jāsim al-Bashīr) | ||
| ファジュル・ファウズィー・アフマド(Fajr Fawzī al-Aḥmad) | ||
| ブーカマール郡 | アミール・アダール・アブドゥッラッザーク・ダンダル(Amīr ‘Adāl ‘Abd al-Razzāq al-Dandal) | |
| ウサーマ・ムハンマド・サーリフ・アッサーフ(Usāmah Muḥammad Ṣāliḥ al-‘Assāf) | ||
| マフムード・サーリフ・アウィース(Maḥmūd Ṣāliḥ al-‘Uwīṣ) | ||
| マヤーディーン郡 | アーイシュ・ハリーフ・フサイン・ザルカ(‘Āyish Khalīf al-Ḥusayn al-Zarka) | |
| マルワーン・アフマド・ナズハーン(Marwān Aḥmad al-Nazhān) | ||
| ダルアー | ダルアー郡 | アブドゥッラフマーン・ハーリド・ハリーリー(‘Abd al-Raḥmān Khālid al-Ḥarīrī) |
| アドナーン・アフマド・ムサーリマ(‘Adnān Aḥmad al-Musālima) | ||
| ニザール・アブドゥッラッザーク・ラシュダーン(Nizār ‘Abd al-Razzāq al-Rashdān) | ||
| サナマイン郡 | ムハンマド・ファールーク・アースィー(Muḥammad Fārūq al-‘Āṣī) | |
| イズラア郡 | アブドゥルマウラー・ムハンマド・イード・ハリーリー(‘Abd al-Mawlà Muḥammad ‘Īd al-Ḥarīrī) | |
| ムハンマド・スルール・マズィーブ(Muḥammad Surūr al-Mudhīb) | ||
| イドリブ | イドリブ郡 | フサーム・アブドゥッラッザーク・ダビース(Ḥusām ‘Abd al-Razzāq Dabīs) |
| アブドゥッラッザーク・アスアド・アワド(‘Abd al-Razzāq As’ad ‘Awaḍ) | ||
| マーズィン・アフマド・ガザール(Māzin Aḥmad Ghazāl) | ||
| マアッラト・ヌウマーン郡 | ファラジュ・ラーカーン・ウクディー(Faraj Rākān ‘Uqdī) | |
| ムハンマド・フィラース・ムハンマド・バディーア・ジュンディー(Muḥammad Firās Muḥammad Badī’ al-Jundī) | ||
| ハーン・シャイフーン郡 | ハーリド・ムハンマド・サッルーム(Khālid Muḥammad al-Sallūm) | |
| ジスル・シュグール郡 | ムスタファー・アブドゥルワッハーブ・ムーサー(Muṣṭafā ‘Abd al-Wahhāb Mūsā) | |
| ムハンマド・ムスタファー・クルスーム(Muḥammad Muṣṭafā Kulthūm) | ||
| ハーリム郡 | イクバール・ムハンマド・マンスール(Iqbal Muḥammad Manṣūr) | |
| ワジュディー・タリーフ・ザイドゥー(Wajdī Ṭarīf Zaydū) | ||
| アリーハー郡 | ターヒル・アウド・アブドゥルバーキー(Ṭāhir ‘Awaḍ ‘Abd al-Bāqī) | |
| アブドゥルハスィーブ・ハーリド・ダグマシ(‘Abd al-Ḥasīb Khālid Daghmash) | ||
| クナイトラ | クナイトラ郡 | ジャマール・ムハンマド・ヌマイリー(Jamāl Muḥammad al-Numayrī) |
| ターリク・ムハンマド・ズィヤーブ(Ṭāriq Muḥammad al-Dhiyāb) | ||
| フィーク郡 | ムハンマド・ムワッファク・アブー・シュームル(Muḥammad Muwafaq Abū Shūmur) | |
出所:al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2025o]をもとに筆者作成。
第2、3回投票
一方、タッル・アブヤド郡およびラアス・アイン郡については、2025年10月17日、人民議会選挙高等委員会が2025年決定第71号および第72号を発出し、選挙人団の名簿を発表した(al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2025p][2025q])。また同日、2025年決定第73号に基づき、10月18日および19日に立候補者の受付が行われることが定められ(al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2025r])、19日に、2025年決定第76号および第77号により立候補者名簿が発表された(al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2025s][2025t])。投票は10月23日に実施され、その結果は翌24日、人民議会選挙高等委員会が2025年決定第78号を発出して公表した(al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2025u])。
当選者は表5の通りである。
表5 2025年10月23日の投票の結果
| 県 | 選挙区 | 氏名 |
| ラッカ | タッル・アブヤド郡 | ハリール・イーサー・カンウー(Khalīl ‘Īsā al-Kan‘ū) |
| サイード・ファフド・シュワイシュ(Sa‘īd Fahd al-Shuwaysh) | ||
| ハサカ | ラアス・アイン郡 | アブドゥッラー・アブドゥルハミード・アブドゥッラー(‘Abd Allāh ‘Abd al-Ḥamīd ‘Abd Allāh) |
出所:al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2025u]をもとに筆者作成。
2025年1月初め、移行期政権の軍部隊は、シリア民主軍諸派の支配下にあったアレッポ市シャイフ・マクスード地区およびアシュラフィーヤ地区に進攻した。これを契機に、移行期政権はシリア民主軍諸派の支配地域に対して大規模な攻勢を展開し、1月末までにアレッポ県東部、ラッカ県、ダイル・ザウル県東岸、ハサカ県南部を掌握することに成功した(図3参照)。
図3 2026年2月の勢力図

出所:筆者作成。
この武力衝突は、1月29日に成立(1月30日発効)した包括停戦合意により収束し、シリア民主軍諸派はハサカ県北東部およびアレッポ県アイン・アラブ市一帯において一定の自治を維持した。その一方で、同諸派の関連機関は移行期政権への統合に向けて本格的に動き出すこととなった。
こうした事態を受けて、移行期政権は新たに獲得したシリア民主軍諸派の支配地のうち、ラッカ県のラッカ郡およびタブカ郡の二つの選挙区において、追加選挙に向けた準備を開始した。2026年3月9日、人民議会選挙高等委員会は2026年決定第7号を発出し、両選挙区の選挙人団を確定した(al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2026a])。また同日には2026年決定第8号を発出して立候補の受付を開始し(al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2026b])、3月16日には2026年決定第9号により立候補者が確定された(al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2026c])。そして、2026年決定第10号により投票日を3月17日とすることが発表された(al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2026d])、投票結果は、3月18日に発出された2026年決定第13号により発表された(al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2026e])。
当選者は表6の通りである。
表6 2026年3月17日の投票の結果
| 県 | 選挙区 | 氏名 |
| ラッカ | ラッカ郡 | アフマド・マフムード・ハラフ・シャッラーシュ(Aḥmad Maḥmūd al-Khalaf al-Shallāsh) |
| アフマド・ムハンマド・ハサン・ウマル(Aḥmad Muḥammad Ḥasan al-‘Umar) | ||
| ミクダーム・アリー・ジャシュアム(Miqdām ‘Alī al-Jash‘am) | ||
| タブカ選挙区 | アブドゥッラー・マジード・ハーッジ・アブド(‘Abd Allāh Majīd al-Ḥājj ‘Abd) |
出所:al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2026e]をもとに筆者作成。
おわりに
2025年10月5日の投票に関して、人民議会選挙高等委員会のナジュマ報道官は10月6日、女性の代表率の低さを指摘するとともに、キリスト教徒やマイノリティ宗派の当選者数が期待を下回ったことを認めた(SANA[2025f])。
また、ロイター通信(Reuters[2025])は、シリア民主軍諸派やヒジュリー師が主導するドゥルーズ派の支配地域で投票が実施されなかったこと、さらに女性議員やマイノリティ宗派・エスニック集団の当選を担保するクオータ制が導入されなかったことなどを理由に、勝者総取り方式に対して「代表性に欠け、中央集権的過ぎる」との批判が見られ、移行期政権下における政治的包摂性への懸念が生じていると報じた。さらに、シリア人権監視団(al-Marṣad al-Sūrī li-Ḥuqūq al-Insān[2025])も、シャーム解放機構が独裁的統治を復活させたと非難した。
こうした批判の対象となった偏向が、アサド前政権期の人民議会における代表性と比してどの程度顕著であるのかについての検証は稿を改めて論じることとする。他方で、移行期政権は、アフマド暫定大統領が指名する3分の1の議員を通じて、この偏向に対処しようとしていると見られる。このことは、シャルア暫定大統領がアレッポ解放記念日(11月30日)に合わせて2025年11月29日にアレッポ市を訪問し、同県の文民および軍関係者と会合した際、「私に女性を選ばせて、あとで『大統領は女好きだ』と言いたいのだろう」(Qanāt al-‘Arabīya[2025])と冗談交じりに述べた発言からも窺うことができる。
大統領指名枠については、例えば2025年12月13日、シャルア暫定大統領がアラウィー派が多く居住するラタキア県およびタルトゥース県の有力者・名士と会談するなど、調整に向けた試みが行われている(Ri’āsa al-Jumhūrīya al-‘Arabīya al-Sūrīya[2025])。しかし、本稿執筆時点において、シャルア暫定大統領による議員の指名は行われていない。
その背景としては、一方で移行期政権の統治が潜在的にイスラーム主義的傾向を示し、政治状況が宗派主義的性格を強めていることが考えられる。とりわけ、マイノリティ宗派・エスニック集団の代表性をめぐっては、移行期政権と鋭く対立するヒジュリー師が主導するドゥルーズ派やシリア・ディアスポラ・アラウィー派イスラーム最高評議会(al-Majlis al-Islāmī al-‘Alawī al-A‘lā fī Sūriyā wa al-Mahjar)といった組織が、それぞれドゥルーズ派およびアラウィー派を代弁するかたちで政治的プレゼンスを顕示している。さらに、移行期政権と停戦に至ったクルド民主軍諸派も、クルド人コミュニティを支持基盤とする最大の政治勢力として存在している。
これらの勢力の支配地域に対して移行期政権の統治がなお及んでいない状況下では、指名枠においていかなる人選を行ったとしても非難を免れず、代表性を担保することが困難である。
移行期政権が人民議会の人選を完了し、代表性を担保するためには、これらの勢力との対立の解消と統合の実現が不可欠であるが、その前途は多難である。
参考文献
-
- 青山弘之[2025]「シリア憲法宣言(全訳)(CMEPS-J Report No. 91)」Contemporary Middle East Political Studies in Japan.net (CMEPS-J.net)、3月14日.
- 大森耀太[2025]「シリア革命勝利宣言大会:演説祝辞詳解(CMEPS-J Report No. 87)」Contemporary Middle East Political Studies in Japan.net (CMEPS-J.net)、2月19日.
- Aljazeera.net[2024]“Tajmīd al-Dustūr wa al-Barlamān wa Da‘m Gharbī li-al-Intiqāl al-Siyāsī bi-Sūriyā,” December 12.
- al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2025a]“al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b Tuqarrir Ta’jīl Intikhābāt Muḥāfaẓāt al-Raqqa wa al-Ḥasaka wa al-Suwaydā’,” August 23.
- ―――[2025b]“al-Qarār Raqm (24) li-‘Am 2025,” August 27.
- ―――[2025c]“al-Qarār Raqm (44) li-‘Ām 2025,” September 21.
- ―――[2025d]“Ba‘da I‘lān al-Qā’ima al-Nihā’īya li-A‘ḍā’ al-Hay’āt al-Nākhiba,” September 26.
- ―――[2025e]“al-Qarār Raqm (47) li-‘Ām 2025,” September 26.
- ―――[2025f]“al-Qarār Raqm (48) li-‘Ām 2025,” September 26.
- ―――[2025g]“al-Qarār Raqm (49) li-‘Ām 2025,” September 26.
- ―――[2025h]“al-Qarār Raqm (50) li-‘Ām 2025,” September 26.
- ―――[2025i]“al-Qarār Raqm (51) li-‘Ām 2025,” September 26.
- ―――[2025j]“al-Qarār Raqm (52) li-‘Ām 2025,” September 26.
- ―――[2025k]“al-Qarār Raqm (53) li-‘Ām 2025,” September 26.
- ―――[2025l]“al-Qarār Raqm (54) li-‘Ām 2025,” September 26.
- ―――[2025m]“al-Qarār Raqm (59) li-‘Ām 2025,” September 28.
- ―――[2025n]“al-Qarār Raqm (61) li-‘Ām 2025,” September 29.
- ―――[2025o]“al-Qarār Raqm (66) li-‘Ām 2025,” October 6.
- ―――[2025p]“al-Qarār Raqm (71) li-‘Ām 2025,” October 17.
- ―――[2025q]“al-Qarār Raqm (72) li-‘Ām 2025,” October 17.
- ―――[2025r]“al-Qarār Raqm (73) li-‘Ām 2025,” October 17.
- ―――[2025s]“al-Qarār Raqm (76) li-‘Ām 2025,” October 19.
- ―――[2025t]“al-Qarār Raqm (77) li-‘Ām 2025,” October 19.
- ―――[2025u]“al-Qarār Raqm (78) li-‘m 2025,” October 24.
- ―――[2026a]“al-Qarār Raqm (7) li-‘Ām 2026,” March 9 .
- ―――[2026b]“al-Qarār Raqm (8) li-‘Ām 2026,” March 9 .
- ―――[2026c]“al-Qarār Raqm (9) li-‘Ām 2026,” March 16 .
- ―――[2026d]“al-Qarār Raqm (10) li-‘Ām 2026,” March 16 .
- ―――[2026e]“al-Qarār Raqm (13) li-‘Ām 2026,” March 18.
- al-Marṣad al-Sūrī li-Ḥuqūq al-Insān[2025]“Intikhābāt “Shaklīya” fī Sūriyā al-Jadīda .. Tahmīsh Mumanahaj li-Manāṭiq Wāsi‘a wa Istib‘ād al-Quwā al-Waṭanīya min al-Mashhad al-Siyāsī,” October 5.
- Qanāt al-‘Arabīya[2025] “Fī al-Dhikrā al-Sanawīya al-Ūlā li-Ma‘raka Madīna Ḥalab …,” December 1 .
- Reuters[2025]“Syria to Establish First Post-Assad Parliament amid Political Inclusivity Concerns,” October 3.
- Ri’āsa al-Jumhūrīya al-‘Arabīya al-Sūrīya[2025]“Iltaqā al-Sayyid al-Ra’īs Aḥmad al-Shar‘ al-Yawm fī Qaṣr al-Sha‘b Wujahā wa A‘yān Muḥāfaẓatay al-Lādhaqīya wa Ṭarṭūs …,” December 13.
- SANA(Syrian Arab News Agency)[2025a]“Marsūm Ri’āsī bi-Tashkīl al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b,” June 13.
- ―――[2025b]“al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b: Natawaqqa‘ ‘an Yakūn laday-nā Majlis khilāla Mudda bayna 60 wa 90 Yawman,” June 18.
- ―――[2025c]“al-Aḥmad li-SANA: Intikhābāt Majlis al-Sha‘b bayna 15 wa 20 Aylūl wa Ziyāda al-A‘ḍā’ ilā 210,” July 27.
- ―――[2025d]“al-Ra’īs al-Shar‘ Yuṣdir al-Marsūm 143 al-Khāṣṣ bi-l-Muṣādaqa ‘alā al-Niẓām al-Intikhābī al-Mu’aqqat li-Majlis al-Sha‘b,” August 21.
- ―――[2025e]“al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b: Yatimm Dirāsat Ṭalabāt al-Tarashshuḥ li-‘Uḍwīya al-Hay’āt al-Nākhiba,” September 14.
- ―――[2025f]“Intikhābāt Majlis al-Sha‘b al-Sūrī .. Da‘f Tamthīl al-Nisā’ Abraz al-Salbīyāt wa Shafāfīya al-Ma‘lūmāt Nuqṭa Qūwa,” October 6.