シリアにおける外国軍の駐留状況(2026年8月)

Axipos, December 14, 2024

CMEPS-J Report No. 113(2026年8月15日)

青山 弘之

はじめに

イスラエル外務省は2026年8月11日、X(Israel Foreign Ministry (X)[2026])への投稿で以下の通り主張した。

トルコは厚かましくもイスラエルを批判している。だが、現地の事実はどうなっているのか?
数千人のトルコ兵。シリア、イラク、キプロス各地に数十ヵ所の軍事基地と前哨拠点。
エルドアンの軍事侵略には国境がなく、トルコはキプロスの36%、シリアの5%、イラクの2,000平方キロメートルを占領している。
これに対し、イスラエルが一時的に支配しているのはシリア領のわずか0.1%に過ぎない。実証された安全保障上の脅威から自国民を守るための緩衝地帯である。

この主張は、イスラエルが近隣諸国の主権・領土的一体性を損なおうとする拡張主義的な軍事行動をシリアに対して行っているとのトルコの再三の批判を受けたものである。例えば、トルコのハカン・フィダン外務大臣は2026年1月8日、イスラエルの「地域における拡張主義」(bölgedeki yayılmacılığı)は同地の安定と平和に反し、その安全保障戦略は、「分断、混乱、弱体化」(bölünmeden, kaostan ve zayıflıktan)に依拠していると批判するとともに、シリアの領土的一体性、安全、安定を尊重すべきだと主張した(Türkiye Cumhuriyeti Dışişleri Bakanlığı[2026a])。さらに同月15日には、イスラエルによるシリア、イラン、レバノンへの攻撃や「分断・細分化・支配」(böl-parçala-yönet)の動きを批判し、こうした政策は「近隣諸国を不安定化することで自国の安全を確保できる」(komşu ülkeleri istikrarsızlaştırarak kendi güvenliğini sağlayabileceği)という発想に基づくものだと非難していた(Türkiye Cumhuriyeti Dışişleri Bakanlığı[2026b])。

イスラエル(そしてトルコ)の主張は、あくまでも政治的言説ではある。しかし、現在のシリアに複数の外国軍が展開するということは厳然たる事実であり、その法的根拠、規模、目的、地理的形態を把握することは、現在のシリア情勢を理解するうえで重要である。

本稿では、現在のシリアにおける外国軍の駐留状況を、公開情報をもとに詳解する。その際、2024年12月のバッシャール・アサド政権崩壊直前の外国軍および外国の武装非国家主体による軍事プレゼンスと2026年8月現在の配置を比較する。なお、公開情報の制約から、2026年8月現在の各国軍の正確な兵員数を確定することは困難であり、本稿では確認可能な基地・拠点とその配置・再編動向を中心に規模を把握する。

アサド政権崩壊直前

2024年12月8日、シャーム解放機構を中心とする反体制派の一大攻勢によりアサド政権が崩壊した。同政権崩壊直前のシリアは、単に政権側の軍や民兵組織と反体制武装勢力が対峙する内戦空間ではなく、複数の外国軍事勢力が異なる地域に拠点網を構築する国際化された軍事空間であった。

図1 2024年半ばの外国軍部隊の基地・拠点

出所:Jusoor Center[2024]

西部沿岸部ではロシア軍がフマイミーム航空基地(ラタキア県)とタルトゥース海軍基地(タルトゥース県)を中核に展開していた。Jusoor Center[2024]の2024年半ばの集計では、ロシアはこの二つの拠点に加えて、アサド政権支配地域内に21の軍事基地と93の軍事・監視拠点を保持していた。さらに広範なネットワークを形成していたのが、イラン・イスラーム革命防衛隊、レバノンのヒズブッラー、イラクの人民動員隊諸派、ファーティミーユーン旅団、ザイナビーユーン旅団など、いわゆる「イランの民兵」であり、Jusoor Center[2024]によると、基地52ヵ所、軍事拠点477ヵ所の計529ヵ所とされた。

北部・北西部ではトルコ軍が、「オリーブの枝」地域、「ユーフラテスの盾」地域、そして「平和の泉」地域を中心に広範な拠点網を形成していた。Jusoor Center[2024]は2024年半ばのトルコ軍施設を126地点としている。

クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導するシリア民主軍諸派の支配下にあった北東部とイラク・ヨルダン国境地帯に設置されていた「55キロ地帯」には米軍が主導する「生来の決意」作戦合同任務部隊(CJTF-OIR)が駐留していた。米国防総省は政権崩壊後の2024年12月19日、実際の展開兵力が約2,000人であり、この規模は政権崩壊以前から一定期間続いていたと説明した(U.S. Department of Defense 2024)。

政権崩壊後の「イランの民兵」、米軍

2024年12月8日のアサド政権崩壊後、シリアから部隊を撤退させた外国軍および外国の武装非国家主体は「イランの民兵」と米国だった。

「イランの民兵」は、そのほとんどがアサド政権期に利用していた主要基地・駐屯地を喪失し、戦闘員の撤退を余儀なくされた。アフマド・シャルア移行期政権下においても、同政権の軍事拠点や米軍基地を標的とした(イスラーム国以外による)攻撃が散見されていることから、その人的ネットワークや地下活動が存在する可能性は高いが、そのプレゼンスは限定的であると言える。

米軍もまた、段階的に拠点を縮小した。米中央軍(CENTCOM)は2026年2月11日に「55キロ地帯」の最大拠点であるタンフ国境通行所からの撤収を完了したと公式に発表した(CENTCOM 2026)。これに先立ち、米軍は2025年4月にダイル・ザウル県のウマル油田およびCONOCOガス田に設置されていた基地(グリーン・ビレッジ基地)を含む3つの基地とその周辺地域からも撤退していた。また、2026年1月の移行期政権の北東部への進攻およびシリア民主軍諸派との衝突を受けるかたちで、ハサカ県シャッダーディー市、ハサカ市グワイラーン地区、ワズィール休憩所に設置していた基地からも撤退していた(青山[2026b])。Lead Inspector General[2026]によると、その後も北東部の基地閉鎖・移管が続き、2026年4月中旬までにシリアでの基地駐留は終了した。

トルコ軍の再配置

トルコ軍は現在もシリア北部・北西部に継続的な軍事プレゼンスを保持している。Reuters[2025b]はトルコのヤシャル・ギュレル国防大臣への取材をもとに、トルコがシリア軍への訓練・助言を行い、即時撤収を予定していないと報じた。ただし、2026年にはアサド政権期に設置していた多数の小規模前線拠点から撤収・再配置する動きが進んでいる。

al-‘Arabī al-Jadīd[2026]によると、トルコ軍はマストゥーマ村(イドリブ県)の旧バアス党前衛キャンプに設置されていた基地から完全撤収するとともに、イドリブ南部などの複数拠点において再展開を行った。その一方で、al-‘Arabī al-Jadīd[2025]によると、マンナグ航空基地(アレッポ県)は2025年3月に強化された。また、al-‘Arabī al-Jadīd[2026]、Reuters[2025a]、RT Arabic[2026]、SOHR[2025]によると、タフタナーズ航空基地(イドリブ県)のほか、アフリーン市、アアザーズ市、バーブ市、ジャラーブルス市一帯、タッル・アブヤド市一帯の国境地域、ラアス・アイン市一帯でも、トルコ軍の駐留が維持されている。

なお、Syria TV[2025]によると、トルコ軍がアレッポ西部の一部で使用していた住宅を住民へ返還する作業を始めたとされる一方、カフル・ヌーラーン村、アターリブ市、登塔者聖シメオン教会(スィムアーン修道院)跡、旧シリア軍第111連隊基地、シャイフ・バラカート山、アブザムー町、カフル・カルミーン村などにはなおトルコ軍の展開があると報じられた。

このことから、縮小傾向にあることは確認できるが、現時点でそれらを網羅的に確認できる公開資料はなく、2026年8月現在の配置を正確に地図上にトレースすることは困難である。

イスラエル軍による新たな占領

これに対して新たにシリア側へ地上展開を拡大したのがイスラエルである。

イスラエルは1967年6月の第三次中東戦争(六日戦争)で、シリア領ゴラン高原(クナイトラ県)の大部分を占領し、1981年12月14日、同地にイスラエルの法、管轄権、行政を適用する「ゴラン高原法」を制定して、事実上、一方的に併合した。これに対して国連安全保障理事会は同月17日、決議497号を全会一致で採択し、イスラエルによる同措置は「無効であり、国際法上の効力を持たない」とした(United Nations Security Council[1981])。

その後、米国のドナルド・トランプ大統領は2019年3月25日、ゴラン高原に対するイスラエルの主権を正式に承認し(The White House[2019])、最近ではコロンビアが2026年8月10日、ゴラン高原に対するイスラエルの主権を承認し、2019年の米国に続いてこれを承認した国となった(AP[2026])。だが、これは国際社会の一般的な立場とは異なる。国連は現在も同地を「占領下のシリア領ゴラン」(occupied Syrian Golan、United Nations General Assembly[2025])と位置づけている。

アサド政権崩壊後、イスラエル軍は、シリア軍が保有していた近代兵器のほぼすべてを爆撃によって破壊するとともに、占領下ゴラン高原とシリア側の間にある国連監視下の兵力引き離し地域(AOS)へ進出し、その後クナイトラ県、ダルアー県、ダマスカス郊外県に展開を拡大した。ETANA[2026]、EUAA[2026a][2026b]、Sijill[2026]によると、イスラエル軍はAOSおよびその以東地域に11ヵ所の前哨基地や陣地を設置している。その11ヵ所とは、ジュバーター・ハシャブ村、ハミーディーヤ村、アドナーニーヤ村、フムル丘、カルス・ナフル丘、西アフマル丘、クナイトラ市周辺(3ヵ所)(以上クナイトラ県)、ヘルモン山(ダマスカス郊外県)、ジャズィーラ兵舎(ダルアー県)である。

図2 イスラエル軍の前哨基地・陣地(2026年4月)

出所:ETANA[2026]

こうした常設の前哨・陣地とは別に、一時的な侵入や検問所設置も頻繁に行われている。EUAA[2026c]によると、2025年にはクナイトラ県だけで900回を超えるイスラエル軍の侵入があったと報告されている。

ロシア軍の再配置

一方、ロシアはアサド政権崩壊後もフマイミーム航空基地、タルトゥース海軍基地、そしてカーミシュリー国際空港(ハサカ県)を軍事拠点として維持してきた。

このうち、カーミシュリー国際空港の拠点は、2026年1月の移行期政権の北東部への進攻およびシリア民主軍諸派との衝突を受け、同月26日に撤退が行われた(青山[2026a])。

また、SANA[2026]によると、外務在外居住者省の広報通信局は8月9日、ラタキア国際空港とタルトゥース基地(すなわちフマイミーム航空基地およびタルトゥース海軍基地)の処遇が、両国関係の次段階の枠組みを定めた了解覚書の締結によって最終的に決着したと明らかにした。この了解覚書では、沿岸部におけるロシア軍のプレゼンスの再編が開始され、フマイミーム航空基地の民生施設とタルトゥース港第4商業埠頭などはシリア側が管理し、段階的に民間管理体制へ組み込むことが定められた。その一方で、軍事基地・施設については、その機能を再編し、軍事基地から共同訓練育成センターに転換することが合意された。この了解覚書は、移行作業の完了期限を3ヵ月以内と定め、その後、新たな取り決めを発効するとされた。Reuters[2026]によると、これにより、一部のロシア軍人が共同施設に残留する見通しとされた。

おわりに

以上、2026年8月時点で継続的な駐留主体ではなくなった主要な外国軍および外国の武装非国家主体としては、「イランの民兵」と米国を挙げることができる。一方、トルコ軍、イスラエル軍、ロシア軍は、同じ「外国軍」であっても、以下の3点において政治的・軍事的性格を異にしている。

第1は、軍事プレゼンスの法的・政治的基盤、なかでも受入国であるシリアの移行期政権との関係である。ロシアは移行期政権との交渉を通じて共同施設化を進め、トルコも同政権との軍事協力を進めている。これに対し、イスラエルの南部展開はアサド政権崩壊後の地上侵攻を起点としており、シリア政府の同意を得た軍事プレゼンスではない。国連も、イスラエル軍の分離地域への展開を1974年兵力引き離し協定への違反とし、「占領」(occupation)と位置づけている(United Nations[2024])。

第2は配置形態である。トルコは北部の複数の軍用空港・国境回廊・都市周辺に分散している。イスラエルは南西部の戦略高地と前進陣地を結ぶ帯状の配置に加え、同地および占領下のゴラン高原から周辺村落への侵入を繰り返している。ロシアはフマイミーム航空基地とタルトゥース海軍基地という戦略施設にプレゼンスを集中させている。

第3は駐留の目的である。トルコの軍事プレゼンスは、国境安全保障やシリア民主軍諸派への対応を主要な契機として形成されてきたが、現在ではシリア軍への訓練・助言を含む移行期政権との軍事協力という性格も強めている。イスラエルは、自らの展開地域について、安全保障上の脅威から自国民を防護するための「緩衝地帯」と位置づけているが、その展開はAOSを越えて、クナイトラ県、ダルアー県、ダマスカス郊外県にも及んでいる。ロシアについては、アサド政権を軍事的に支えるという従来の駐留目的が政権崩壊によって失われ、現在では移行期政権との合意のもと、共同訓練・育成を軸とする軍事協力へと再定義されつつある。

参考文献