シリア国民対話大会:準備委員会対話会合(概括)

CMEPS-J Report No.  88(2025年2月28日作成)

出所:SANA、2025年2月20日

木戸 皓平

はじめに

シリア国内で進行中の国民対話大会準備委員会(以下、準備委員会)の対話会合は、新たなシリア国家の将来を形作るための極めて重要なプロセスである。

これまでのシリアでは、国家の意思決定に市民が直接関与する機会が限られており、多くの社会集団が政治的影響力を持つことができなかったとされる。しかし、今回の国民対話大会を通じて、シリア国民が国家再建の主導権を握ることが期待されている。一方で、対話の包括性に関しては依然として疑問の声が上がっており、特定の勢力の影響力が偏ることなく、より広範な国民の意見が適切に反映されるかどうかが今後の焦点となっている。

本稿では、国民対話大会準備委員会の設立背景とその意義を分析した上で、各地域で実施された対話会合の詳細な議論の内容を検証する。そして、それらの議論がシリアの政治的・社会的・経済的な未来にどのように影響を及ぼし得るのかについて掘り下げていく。

国民対話大会準備委員会の設立と構成

2025年2月12日、アフマド・シャルア暫定大統領は国民対話大会準備委員会を設置し、7名の委員を任命した。委員会の役割は、国民対話の公正性を担保し、広範な社会階層の意見を集約することである。

委員会のメンバーは次のとおりである。

      • ハサン・ダギーム: シリア国民軍心理指導局長
      • マーヒル・アッルーシュ: 作家・研究者。シャーム自由人イスラーム運動内の仲裁経験あり
      • ムハンマド・ムシュタト: シャーム軍団渉外局長。政治学の専門家
      • ユースフ・ハジャル: シャーム解放機構政治局長
      • ムスタファー・ムーサー: シャーム解放機構メンバー、前保健委員長
      • ヒンド・カバワート: 宗教外交・紛争解決の専門家
      • フダー・アタースィー: 人道支援活動家。

これらのメンバーが対話の公正性と成功を保証する役割を担い、各地域での議論を組織し、最終的に国民対話大会の決定内容を取りまとめることが期待されている

対話会合の詳細

各地での対話会合では、多岐にわたる議題が取り上げられた。なかでも特に注目されたのは、憲法制定、国家機関の再構築、経済政策、地方自治、移行期正義の在り方などである。各都市での議論は地域ごとの特徴を反映しており、政治制度改革を求める声、地方経済発展の必要性、民族的多様性の尊重、宗教と国家の関係性など、多岐にわたる論点が浮かび上がった。

皮切りとなった2月16日には、ヒムス市で第1回対話会合が開かれた。そこでは特に政治制度の透明性確保が主要テーマとなり、政府の説明責任を強化するための独立機関の設立が提案された。また、法の下での平等を徹底するため、警察や軍事機関の改革が必要であるとの意見がみられた。加えて、現行の法制度において人権侵害を防止するための監視機関の設立が議論され、特に反体制派や市民活動家が過去に受けた弾圧の事例を踏まえた対応が求められた。

2月17日の開催地となったタルトゥース市およびラタキア市では、経済政策と国家機関改革が中心議題となった。経済制裁下での産業振興策、投資促進のための税制改革、国家財政の透明性確保について、専門家や実業家を交えて議論が行われた。また、地方政府に財政の裁量を与えることで、地域経済の発展を促すべきだという意見も強調された。特に農業や水産業の振興が地域経済において果たす役割について議論され、輸出産業の強化が求められた。

続けて2月18日に対話会合が開催されたイドリブ市では、SANAの取材に対し、参加者の1人は以下のように語った。

今回、委員会の兄弟たちとの最初のセッションに参加しました。良い会合でした。議論の中心となったのは以下の主要なテーマです。移行期正義、新憲法の制定、法律の改正と整備のほか、その他の重要な問題です。
これらは、国民対話大会の準備において必要な議題です。
しかし、今回の会合では、多くの発言があり、非常に多くの意見が交わされたため、すべての課題やテーマを十分に掘り下げることはできなかったと思います。
そこで、今後はより小規模なワークショップを開催し、それぞれのテーマを深く検討することが必要だと考えます。それでも、準備委員会の兄弟たちと市民社会や参加者の皆さんとのこの会合は実りあるものであり、非常に良いものだったと感じています。
お互いの意見を交換し、視点を共有できました。このプロセスは、今後開催される国民対話大会の内容を形成することにつながるでしょう。そして、この対話を通じて、最終的には、安全で安定したシリア国家の確立へとつながることを願っています。

続く2月19日には、スワイダー市、ダルアー市で対話会合が開催された。スワイダー市庁舎で開かれた対話会合ののち、参加者がスワイダー24の取材に対して行った回答は次のとおり。

私たちシリア人にとって、ジャバル・アラブ(アラブ山地)はシリアの不可欠な一部です。私たちは宗派の違いについて語るのではなく、国民対話への参加が極めて重要であり、不可欠なものであることを強調したいと思います。なぜなら、私たちはシリアの憲法を作り、国家の未来を形作る過程にあるからです。
こうした対話の場は当然のことであり、さらに多くの専門家、とりわけ国外で法的な知識や経験を積んだ人々の協力も必要になるでしょう。彼らの知識や法的背景は重要ですが、最終的に決定を下すのはシリア国民自身であるべきです。
今日の会合は整然と進められ、参加者それぞれが意見を述べる機会を得ました。議論のテーマは多岐にわたり、軍の役割、国家の在り方、その他の重要な問題について話し合われました。私が特に関心をもった3つのポイントについて説明します。
まず移行期正義が復讐の手段にならないこと。私たちは過去の過ちを正す必要がありますが、特定の個人や集団をスケープゴートにすることは避けなければなりません。
そしてシリアの国内問題に集中すること。経済、教育、社会の発展に注力し、外部の問題に振り回されるのではなく、国内の課題解決を最優先にするべきです。
第3に、外交関係の独立性を確保すること。特定の国に依存するのではなく、すべての国と友好的な関係を築きながら、シリアの独立性を守るべきです。
私たち全員の目標は、団結し、自立した国家を築くことなのです。

2月20日に対話会合が開かれた首都ダマスカス市ではハサカ県、ラッカ県、ダマスカス郊外県、ダマスカス県の住民らの参加の下でプロセスが進められた。そこでは憲法制定プロセスの透明化と少数派の政治的権利の保障が中心となり、特に宗教・民族的マイノリティの権利をどのように新憲法に反映させるかが議論された。シリアの多様性を尊重する形での政治制度の枠組み作りが求められた。特に、キリスト教徒やクルド人などの政治的代表権の確保と、彼らの歴史的な迫害をどのように法的に救済するかが中心的なテーマとなった。

同市で開かれたハサカ県の住民らとの対話会合の直後、SANAは複数の参加者にインタビューを試みた。全訳は次のとおりである。

回答者1

実際のところ、私たちは率直に、自分たちが伝えたいことを伝え、求めたいことを伝えることができました。私たちが提案したのは、移行期正義を単なる理論やテキスト上の概念として終わらせないことです。私たちは、移行期正義の原則こそが、今後の私たちの活動の基盤となるべきであり、すべての権利保持者がその権利を確実に得られるようにすることが最も重要であると考えています。
また、被害者の補償の実現、犯罪の追及、法的責任の明確化、そして必要に応じた処罰の適用など、これらすべてが移行期正義の不可欠な要素です。最終的に、移行期正義こそが、シリアに持続的な社会の平和と安定を保証する唯一の手段であると確信しています。

回答者2

今回の対話は、とても充実していて、洗練された有意義なものでした。もちろん、さまざまな意見の違いがありましたが、それは当然のことです。人々の間には、それぞれ異なる優先事項があり、それぞれが抱える痛みや苦しみがあるのを感じました。
私たちは、移行期正義や制度改革といった基本的な議題を中心に議論を進めたいと考えていましたが、多くの参加者は、彼ら自身の苦しみや問題について語ることを優先しました。そのため、私たちは彼らの声に耳を傾け、あらゆる視点を受け入れることが重要だと感じました。
このような対話を通じて、国家の未来に関わる貴重なアイデアを数多く聞くことができました。今回は、具体的な結論を出すことが目的ではありませんでしたが、今後、全国各地から寄せられた意見をまとめ、フィルタリングを行い、それらを基に国民対話大会での基本方針となる作業文書を作成する予定です。この作業文書が、次に開催される国民対話大会の出発点となるでしょう。

2月21日には、国民対話大会準備委員会はダイル・ザウル市で対話会合を開催し、続く22日にはクナイトラ県の県庁所在地のサラーム市(旧バアス市)で地元住民らを交えて、一連の対話会合の締めくくりとしての最後のセッションが開催された。

2月23日には国民対話大会準備委員会は記者会見を開き、約1週間にわたって継続した対話会合の成果について発表した。声明では、シリア全土で30回以上の会合を開催し、多様な社会層が参加したことを強調。会合では、暫定憲法の制定、経済計画、政府機関改革、市民参加、治安強化の必要性が繰り返し指摘された。

また「多様性はシリア人の強さであり、共存の証である」とし、対話は一過性のものではなく、国民的課題を解決する持続的なアプローチであると位置づけた。今後、専門的な作業部会を設置し、具体的な政策提言を行う方針であり、これはシリアの新たな国民アイデンティティ構築の第一歩になるとした。

対話会合の概括

2025年2月23日に開催された記者会見では、国民対話大会準備委員会が対話会合の成果を発表し、約4,000人が参加したことが報告された。この声明では、多様性を尊重することがシリアの未来を形成する鍵であると強調されたが、この「多様性」が実際にどの程度包括的であるのかを慎重に見極める必要があろう。

また専門的な作業部会を設置し、具体的な政策提言を行う方針が示されたが、過去の経験からすると、このような作業部会が実際に成果を上げるかどうかは、その独立性や実行力に大きく依存する。単なる意見集約の場で終わるのではなく、実効性のある改革案が生まれるかどうかが今後の焦点となる。

1週間にわたる対話会合を概括するにあたって、特に注目すべき点としては、各地域ごとの対話会合の性質の違いが挙げられる。たとえば、イドリブ市では移行期正義が中心となる一方で、ダマスカスでは憲法制定プロセスの透明性が大きな議題となった。これは、各地域が抱える課題の違いを反映しており、その背景には歴史的経緯や社会構造、さらには地政学的な要因が深く関わっている。国全体の統一的な枠組みを整えるには、単に意見をまとめるだけでは不十分であり、それぞれの地域の特性を生かしながら、共通の国家ビジョンを打ち立てる必要があろう。そのためには、中央政府と地方自治体、市民社会の間で緻密な意見調整を行い、持続可能な合意形成を進めることが不可欠である。

またスワイダー市での会合では、シリアがどのように外部勢力の影響を受けず、独立した外交を展開できるかという点が議論された。しかし、地政学的な観点から見ると、シリアが完全な外交的独立を達成するのは難しく、多国間の協調の中で主権を維持していく現実的な戦略が求められる。特に、国際制裁の解除や周辺国との関係改善、国際機関との協力など、より実践的な外交手段を講じる必要がある。こうした点を踏まえると、対話会合で示された外交の独立性を強調する意見は重要ではあるが、それを実際の政策に落とし込むためには、国際社会との交渉を通じた現実的な方針を打ち立てることが不可欠である。したがって、対話を通じて形成される外交方針は、理想論にとどまるのではなく、現実的な外交戦略や国際的な協力の可能性を見据えたバランスの取れたアプローチが求められる。

おわりに

本報告では、シリア各地での国民対話会合の主要な議論を整理し、その背景と影響について検討した。憲法制定、国家機関改革、経済再建が主要な課題であり、特定の社会集団の排除や権力構造の偏りが指摘される一方で、対話の場が新たな国家建設の基盤となる可能性も示された。

筆者としては、対話の包括性を確保しつつ、実際の政策形成につなげるためには、単なる象徴的な議論に終始するのではなく、具体的な政策決定のプロセスに市民の声をどのように反映させるかが重要であると考える。特に、既存の政治勢力がこの対話のプロセスをどのように受け入れ、実際の政策として実行する意思があるのかを慎重に見極めなければならない。

今後、国民対話大会がどのように進展し、具体的な政策形成へとつながっていくのか、また、対話の過程が市民の政治意識や社会の安定にどのような影響を与えるのかを継続的に観測していきたい。

参考文献