イラク連邦政府がクルディスタン地域で産出される石油の輸出再開を決定:各当事者の意図

CMEPS-J Report No. 89(2025年3月8日作成)

大森 耀太

イラク連邦石油省は2022年3月、クルディスタン地域政府への牽制および国内クルド勢力への圧力のため(豊田[2023])、クルディスタン地域で操業しトルコのジェイハン港を通じて石油を輸出している石油会社をイラク連邦最高裁に提訴したのち、トルコを国際仲裁裁判所に訴えた。その後クルディスタン地域で操業していたメジャーズが撤退し、さらにトルコ政府は国際仲裁裁判所から、2014~2018年にクルディスタン地域から連邦政府管轄下のイラク・トルコ間パイプラインを用いた原油輸出を許可したことに対し、賠償金約15億ドルの支払いを請求された。これを受けてトルコ政府は2023年3月、ジェイハン港からの積み出しを停止、さらにイラク・トルコ間のパイプラインを閉鎖し(豊田[2023])、クルディスタン地域政府で採掘される石油の輸出が停止することとなった。その後もイラク連邦政府とトルコ政府の間で石油輸出再開に向け調整が行われるも、いずれの試みも再開には至らなかった。しかしイラク連邦石油省は2025年2月22日、トルコのジェイハン港経由でのクルディスタン地域政府支配地域からの石油輸出を再開すると声明で発表し、またKurdish24 [2025a]によるとイラクのハイヤーン・アブドゥルガニー石油相は「初期段階で、クルディスタン地域政府から日毎18万5千バレルを受け取り、将来的に日毎40万バレルまで引き上げる予定だ」と述べている。さらにこの声明に続き、翌23日にクルディスタン地域政府天然資源省から、また27日にクルディスタン地域で操業する企業で構成されるクルディスタン石油産業協会(APIKUR)からそれぞれ、石油輸出再開に関する声明が出されたが、本稿執筆時点ではトルコ側からの正式発表はされていない。

Reuters[2025]RT Arabic[2025]Kurdish24[2025b]などの諸通信社は今回の決定の動機について、イランに対して「最大限の圧力」をかける政策を採るトランプ政権がイラン産石油の流通削減を狙い、イラク連邦政府にクルディスタン地域で採掘される石油の輸出再開に向けて圧力をかけていたことを挙げている。

本稿は、今回の決定が取られた要因を検討するのではなく、再開にあたってイラク連邦石油省、クルディスタン地域政府天然資源省、APIKUR、そして米国という各当事者による声明を翻訳し、各当事者の意図を把握することを目的とする。

1. イラク連邦石油省の声明

クルディスタン地域で採掘される石油の輸出再開を真っ先に発表したイラク連邦石油省について、石油輸出再開に関する二つの声明を翻訳し、その反応をみていく。

連邦石油省は、予算法やその修正法に規定されたメカニズムに則り、石油輸出国機構(OPEC)内でイラクに課せられた生産量制限を遵守し、クルディスタン地域で生産される石油のジェイハン港を通じた輸出再開措置が完了したことを確認する。石油省はクルディスタン地域当局に対し、入札した諸企業と交わした契約に基づいて、稼働中の油田で産出された石油をイラク・トルコ間のパイプラインおよびジェイハン港を通じて石油販売企業に引き渡すよう要請する。
石油省
2025年2月22日(Wizāra al-Nafṭ al-ʻIrāqīya[2025a]

続いてイラク連邦石油省は次の声明を出した。

イラク石油省は、OPECプラス合意および合意された追加減産と総産出量に対する補償に務めることを確認する。また石油省は、過去の余剰生産分を補償する新たな計画をはじめとして、これらの合意の履行を保証するために必要な措置を講じる予定だ。この決定は、ハイヤーン・アブドゥルガニー・アブドゥッザフラ石油相が、サウジアラビアのアブドゥルアズィーズ・ビン・サルマーン・アール・サウード・エネルギー相、ロシアのアレクサンドル・ノヴァク副首相、そしてOPECのハイサム・ガイス事務総長と共同の電話会談をした際に採択された。OPECに近い二次情報筋によると、2025年1月のイラクの原油産出量は日毎3,999,000バレルに達しており、これはイラクが産出量制限を遵守している良い証左であるという。イラク連邦石油省は、クルディスタン地域で産出される石油を受け取り、イラク・トルコ間のパイプラインを通じた輸出を再開すると予測される最新の情勢を考慮しつつも、余剰生産分を補償する努力を続け、自主的な産出削減および要請されている補償額といった諸合意の範疇で決められたイラクの義務を果たすつもりだ。そして石油相は、世界の石油市場の安定実現に向けたこれらの合意における自国の軸的役割および、OPECプラス加盟諸国がこの安定に貢献する重要性を確認する。
石油省
2025年2月24 日(Wizāra al-Nafṭ al-ʻIrāqīya[2025b])。

まず最初の声明で、「予算法やその修正法に規定されたメカニズムに則り、OPEC内でイラクに課せられた生産量制限を遵守し、クルディスタン地域で生産される石油」や、「イラク石油省は、クルディスタン地域で産出される石油を受け取り」と言及していることから、イラク連邦政府は、クルディスタン地域政府支配地域で採掘される石油もイラク連邦政府の石油産出量の範疇であること、つまり同地で採掘される石油はイラク連邦政府に監督権があることを強調している。また2番目の声明で、「余剰生産分を補償する努力を続け、自主的な産出削減および要請されている補償額といった諸合意の範疇で決められたイラクの義務を果たすつもりだ」と述べていることからも、今回の輸出再開決定で増産が見込まれる「イラク産」石油だが、その採掘量はOPECで決められた範囲内に抑えられることがわかる。

2. クルディスタン地域政府天然資源省の声明

今回の石油輸出再開についてクルディスタン地域政府天然資源省から出された声明は以下の短いもの1通しか現時点では確認できないが、これを翻訳、詳解する。

イラク連邦石油省とクルディスタン地域政府・天然資源省間の連絡および調整ののち、2025年2月23日(日)、埋蔵量に基づいて、クルディスタン地域の石油の輸出を再開すること、そして輸出パイプラインの監督および輸出準備ができたことの確認のために合同の技術チームを組織することが確認、合意された。またこの件に関して我々は、連邦一般予算法の判断を履行するよう努めることを確認する。
クルディスタン地域政府・天然資源省
2025年2月23日(Ḥukūma Iqlīm Kurdistān[2025])

この声明からは、今回の決定がイラク連邦政府の独断で行われたのではなく、クルディスタン地域政府との調整下で採択されたこと、そして両当事者の連携の下で再開作業が行われることが分かった。この声明では、イラク連邦政府を含めた両当事者が石油輸出再開に努めることが強調されている。しかし先述の通り、この件についてクルディスタン地域政府天然資源省から出された声明は現時点でこの1件だけであり、今後の声明に注目することが必要である。

3. APIKURの声明

クルディスタン地域で操業する諸企業から構成されるAPIKURも、今回の石油輸出再開に関して以下の声明を出している。

2025年2月27日
APIKURは、2025年2月25日に行われたイラクのムハンマド・シーア・スーダーニー首相との電話会談をはじめとする、イラク・クルディスタン地域からの石油輸出再開に向けたマルコ・ルビオ米国務長官による尽力を称賛する。米国務省が出した電話会談の要約によると両当事者は、さらなる投資を呼び込むために、イラク・トルコ間のパイプラインを早急に再開通し、イラクで操業する米国企業との契約条件を遵守する必要性について合意した。
2023年3月からのパイプライン閉鎖により、内陸に位置するクルディスタン地域は国際市場へのアクセスの場を失い、米国の政治的、商業的利益に悪影響が出ただけでなく、領域の市場の不安定化および経済や安全保障への脅威へとつながった。クルディスタン地域政府、イラク連邦政府、そしてAPIKURそれぞれの損失の合計は270億ドル以上に達している。
APIKURは、2025年2月26日のエルビル・フォーラムにおいて、イラク首相がクルディスタン地域で操業する石油企業とともに「新たな段階」への移行を目指していると表明したことを歓迎する。
これらの声明は、イラク政府高官とクルディスタン政府高官が、輸出は即座に再開できる状態にあると示唆したことを受けたものである。
何度も明確にされているとおり、APIKUR加盟企業には、我々の手元にある契約上の法的および商業的条項と一致し、過去および今後の輸出に関する支払いの保証を確約する正式な合意が結ばれ次第、すぐに輸出を再開する用意がある。しかし現時点では、APIKUR加盟企業に対するいかなる働きかけも行われていない。
APIKUR加盟企業のクルディスタン地域政府との契約は、最近になってイラク控訴裁判所によって法的正当性を得た。この判決、およびイラク2023-2025年予算法の主要な改正によって、合意を達成しうる法的、政治的枠組みがつくられた。
以上(APIKUR[2025])。

まず、APIKURは、2023年3月以降の石油輸出停止によって大きな損失を被ったことが第2段落の記述から見て取れる。そのため、第3段落目に「イラク首相がクルディスタン地域で操業する石油企業とともに「新たな段階」への移行を目指していると表明したことを歓迎する」とあることから、今回のイラク連邦石油省およびクルディスタン地域政府天然資源省の決定を肯定的に捉えている。しかし5段落目に、石油輸出再開は、「過去および今後の輸出に関する支払いの保証を確約する正式な合意が結ばれ次第」との条件付きであることが明示され、そのための取り組みについて、「現時点では、APIKUR加盟企業に対するいかなる働きかけも行われていない」と言及されている。そのためAPIKURは、石油輸出再開の決定をおおむね歓迎しつつも、そのための取り組みがAPIKURの不在のもとで行われ、輸出再開後の契約もいまだ不透明な点を懸念しているといえる。

4. 米国務省の声明

様々なニュース媒体で、イラクに対するその影響力を指摘される米国だが、米国務省も今回の石油輸出再開に関して、国務長官とイラク首相との電話会談に重点を置きつつ声明を出している。

マルコ・ルビオ米国務長官は今日(2025年2月25日)、イラクのムハンマド・シーア・スーダーニー首相と電話会談を行った。ルビオ国務長官とスーダーニー首相は、米国・イラン間の戦略的パートナーシップやイラクの安定および主権の重要性について協議した。また両者は、イランによる悪影響の削減や、イスラム国(ISIS)の復活および同組織による国境地域の不安定化の阻止についても協議した。そのうえで両者は、イラク・トルコ間のパイプラインの再開することでイラクがエネルギー分野で独立する必要性、およびさらなる投資を呼び込むためにイラクで操業する米国企業との契約条件を遵守する必要性に関して合意した。
さらにルビオ国務長官は、シリアがテロリズムの巣窟や、隣国にとっての脅威とならないことの重要性を再確認した。また国務長官と首相は、同域での問題の協議し、米国・イラク間の安全保障パートナーシップを前進させるよう努めるとした(U.S. Department of Treasury[2025])。

まず1段落目から、イラク・トルコ間のパイプラインの再稼働は、隣国であるイランの影響力低下を狙ったものであることが分かる。また米財務省が2025年 2月24日に、イランの主に石油会社や石油タンカー、そしてそれに関係する個人を制裁リストに追加したことからも、主にエネルギー分野でのイランの影響力低下を図っていると考えられる。

そして第2段落目で、「シリアがテロリズムの巣窟や、隣国にとっての脅威とならないことの重要性」や、「米国・イラク間の安全保障パートナーシップを前進させる」とあることから、アサド政権が倒れ、シャーム解放機構を中心とする新政権が形成されたシリアに関しても、同国が地域の不安定化要素になることを懸念しつつ、イラクを足掛かりにこれに対処したい意図が見える。

5. おわりに

今回の石油輸出再開に関して、各当事者それぞれの声明を翻訳しその反応を考察した。最後に各当事者間の意図の違いを概観し結びにかえたい。

イラク連邦政府に関しては、今後クルディスタン地域で採掘される石油の監督権は自身にあるとの立場のもと、再開に向けて前進したい意図が見えた一方、クルディスタン地域政府は、石油輸出再開がイラク連邦政府とクルディスタン地域政府の両者の対等な調整および監督のもとで行われることを強調しており、イラク連邦政府とは異なる見解であることが分かる。またイラク連邦政府およびクルディスタン地域政府とAPIKURの間では、石油輸出再開に対する態度が異なることが分かった。一方で前者二つは、これを進めたい意図があるのに対し、他方、APIKURは、今回の決定がAPIKURの関与なしに行われ、再開のための契約もないことから、それらの問題が解決し次第輸出を再開するという、部分的に受け入れるに留まっている。そして、イラク連邦政府、クルディスタン地域政府、APIKURの3者の意図と米国の意図が異なってる点は、前者三つは石油輸出再開による自身の利益に重点を置いているのに対し、米国は「イランの影響力低下」をもっとも念頭に置いている点である。

このように、今回の石油輸出再開の決定に関わった四つの当事者だが、それぞれの意図は「四者四様」であった。いまだトルコ側からの正式発表がないなか、そして各当事者の意図が異なるなか、今後この決定がどのように展開していくのかさらなる観察を要するだろう。

参考文献

豊田耕平[2023]「原油輸出停止で隘路に陥るイラク・クルディスタン地域の石油・ガス部門:イラク石油・ガス産業集権化への機運?」 エネルギー金属鉱物資源機構 .
山尾大 [2021]「政軍関係:IS後イラクの分断と奇妙な安定」末近浩太編『シリア・レバノン・イラク・イラン』ミネルヴァ書房 97-119.
APIKUR [2025]“APIKUR Applauds Secretary Rubio’s Support,  Welcomes Prime Minister al-Sudani’s Turning a “New Page”,” February 27.
Wizāra al-Nafṭ al-ʻIrāqīya [2025a]“Bayān,” February 22.
Wizāra al-Nafṭ al-ʻIrāqīya [2025b]“Bayān Ṣaḥafī,” February 24.
Ḥukūma Iqlīm Kurdistān [2025]“Bayān Ṣādir ʿan Wizārat al-Tharawāt al-Ṭabīʿiyya fī Ḥukūmat Iqlīm Kurdistān,” February 23.
Kurdistan24 [2025a]“Iraq to Announce Resumption of Kurdistan Oil Exports in the Coming Hours, Confirms Oil Minister, February 28.
――― [2025b]“U.S. Pressures Iraq to Resume Kurdish Oil Exports Amid Sanctions on Iran,” February 21.
Reuters [2025]“Exclusive: U.S. Piles Pressure on Iraq to Resume Kurdish Oil Exports, Sources say,” February 22.
RT Arabic [2025]Rūyitarz: Wāshingtun Taḍghaṭ ʿalā Baghdād li-Istīʾnāf Ṣādirāt Nafṭ Iqlīm Kurdistān al-ʿIrāq,” February 21.
U.S. Department of State [2025]“Secretary Rubio’s Call with Iraqi Prime Minister Sudani,” February 25.
U.S. Department of The Treasury [2025] “Iran-related Designations,” February 24.