CMEPS-J Report No. 90(2025年3月10日作成)
出所:SANA、2025年2月25日
木戸 皓平
はじめに
本稿は、2025年2月24日から25日にかけてシリアの首都ダマスカスで開催された「シリア国民対話大会」の具体的な実施状況を明らかにし、その政治的意義および限界を詳細に検討することを目的としている。拙稿「シリア国民対話大会:準備委員会対話会合(概括)」(CMEPS-J Report No.88)においては、大会の準備段階における準備委員会の活動やその政治的意図について深く掘り下げて議論した。新政権は、この国民対話大会を通じて国内の政治的対話を活発化させることで、自らの統治の正統性を強化し、国家再建の方針を国内外に示す狙いを持っていた。
大会開催に先立ち、北・東シリア地域民主自治局に拠点を置く35の政治団体は共同声明を出し、『すべての社会的要素の代表が含まないまま、形式的に行われる会合には意味も価値もない』と批判を表明しており、大会の包摂性に関する懸念が当初から示されていた。特に、大会の参加者選定プロセスに透明性が欠けており、クルド民族主義勢力や主要な反主流派勢力の多くが事実上排除されるかたちとなった。また、事前に設定された議論の枠組みが新政権の政治的意向を色濃く反映しており、議論の自由度や幅広い視点の包摂性については強い疑問が呈された。
出所:Syria TV、2025年2月22日
本稿では、筆者が新政権が提示する民主化プロセスや国家再建の可能性について、慎重な立場を維持しながら、大会の実際の進行、議論されたテーマ、採択された決議、およびそれらがもたらした国内外の反響を詳細に分析する。特に注目すべきは、国内勢力の排除や周縁化の問題であり、これが今後のシリアの政治的統合を阻害する可能性についても掘り下げて考察する。また、湾岸諸国を中心とした支持と対照的な欧米諸国の慎重な態度が、新政権の国際的な位置付けにどのような影響を与えるのかについても評価する。
本稿を通じて、大会がシリアの政治的転換の真の契機となるか、それとも表面的な変革に終わるかを問い、その実効性と政治的影響を慎重に検討していく。
シリア国民対話大会の実際の進行と議論
2025年2月24日から25日にかけて、準備委員会の対話会合に引き続くかたちで、新政権の主導によるシリア国民対話大会が首都ダマスカスの人民宮殿で開催された。マーヒル・アッルーシュ準備委員長は、大会の趣旨を自由と尊厳を基盤とする新たな国家建設への道筋と述べている。しかし、実際の運営方法や参加者構成には当初から懸念が存在した。
大会の規模は国内外から約6,025名の代表者が集まり、国外からは特に湾岸諸国(サウジアラビア、カタール、クウェート、UAE)の関係者が目立った。参加者の内訳は、トルコ、レバノン、ヨルダンなどの隣接国在住シリア人を含め幅広く設定されていた(EU在住のシリア人が1,112人、トルコ、ヨルダン、レバノン在住のシリア人1,050人、アラブ湾岸諸国在住のシリア人889人、その他の外国在住のシリア人および国内在住のシリア人2,974人)が、実際にはクルド民族主義勢力や主要な反体制(反主流)派グループがほぼ完全に排除された状態であった。本大会の開催を批判したクルド民族主義系政党を含む35の政治団体のなかにはクルディスタン愛国大会、民主統一党(PYD)、民主緑の党など重要なクルド系組織が含まれており、大会の包摂性への疑問を強く印象づけた。
大会初日の2月24日は主に参加者の懇談と関係構築が行われた。この日は公式な議論というよりも各地域や派閥からの参加者間の関係醸成に重きが置かれ、比較的和やかな雰囲気の中で進められた。しかし一部参加者は議論が政府主導で自由な発言が制約されているとの不満を漏らしており、政府の影響下に置かれた政治イベントという性格が浮き彫りになった。
2日目は、正式な議事として6つのテーマが設定された:①移行期正義、②憲法起草と国家機関創設、③個人の自由、④人間の生活、⑤市民社会組織の役割、⑥経済原則である。この日はワークショップ形式を採用し、それぞれ専門家や関係者が中心となり議論を深めた。
特に移行期正義を巡っては議論が紛糾した。過去の政権による人権侵害問題の責任追及をどこまで徹底すべきかが最大の争点となった。政府側の代表は報復的措置として利用されるのを防ぐべきと主張したが、一方で市民団体側は人権侵害の責任追及なしに正義は実現しないと強く反論した。結果として、この議題は明確な結論に至らず、将来的な専門委員会に検討を委ねることとなった。
憲法起草と国家機関の改革に関する議論では、政府寄りの参加者らが準備会合に引き続き、中央集権的体制を維持すべきだとの立場を取り、統治能力の強化と国家の安定を訴えた。地方代表の一部からは、地方自治や分権化の推進を求める意見も出されたが、主流派とはならず、議論は中央集権体制の方向性に落ち着いた。
経済政策に関する議論では、政府代表が対シリア制裁解除の必要性を訴え、投資誘致を強調した。しかし、経済専門家からは政府運営の透明性がない限り、外国投資を呼び込むことは困難との懸念が示された。この課題は明確な解決策を見いだせず、今後の課題として残された。
大会閉幕に際して、アフマド・シャルア暫定大統領とアスアド・ハサン・シャイバーニー暫定外務大臣が演説を行った。シャルア大統領は、シリアは外部の影響を受けることなく真に国民自身が未来を決定する必要があると主権の回復と国民の団結を強調した。しかし、実際にはシリア民主評議会が「長年にわたりこの国の政治情勢を支配してきた排除と周縁化の方針の継続であり、シリア社会を構成するさまざまな勢力を排除し、分断を深めるかたちばかりの措置」と批判するなど、国内外でその実効性に対する疑問の声は消えていない。
大会は結果として18項目からなる決議を採択し、国家の統一と主権の維持、暫定憲法の即時制定、国家による武器独占、経済発展や対外制裁解除の推進、市民社会の強化などが明示された。これらは理論的には国家再建の方針を示す包括的なものとなったが、反対勢力やクルド民族主義勢力の参加が実現しなかったことにより、決議が国内全体に浸透するか否かについては大きな疑問符が残ることとなった。
結果として、大会の実際の議論を詳細に見ると、課題の明示はなされたものの、その具体的解決策や実施手段についての議論は十分とは言えず、大会の成功については慎重な評価を下さざるを得ない。
採択された18項目とその政治的・社会的含意
シリア国民対話大会の成果として採択された決議は、今後のシリア国家再建の方向性を示す重要な指針となるものである。本章では、決議に盛り込まれた18項目を具体的に確認しつつ、それらが有する政治的・社会的な含意を検討する。
大会で採択された決議の筆頭に挙げられたのは、国家の「統一と完全な主権の維持」である。これは国家の領土保全と統一を改めて確認するものであり、近年の紛争や分裂状況を踏まえて重要な決議であると評価できる。また、イスラエルによるシリア領土への侵入を非難する決議が採択された点も、シリア政府が領土主権問題についての姿勢を鮮明に示したものとして注目される。
さらに「国家の手による武器の独占と専門的な国軍の創設」も重要な決議として挙げられる。シリア内戦では数多くの武装集団が存在し、治安状況が不安定化したため、国家による武力統制の必要性が改めて強調されている。これは治安回復や社会的安定を達成するための重要な布石になるだろう。
移行期の政治的空白を埋めるべく、「移行期に対応するための暫定憲法の迅速な制定」と「暫定立法評議会の早急な設置」が決定された。これらは憲法や法律の空白を防ぎ、速やかに統治機構を整備するための措置である。また、恒久的な国家建設を見据え「憲法起草委員会の設立」が盛り込まれたことも、将来的な統治体制の基盤整備に資する措置として評価される。
「自由の尊重と表現の権利の保障」、「人権の尊重と社会的包摂の促進」、「国民としての平等の確立と差別の排除」など、基本的人権に関する決議も盛り込まれた。これらは、シリア社会における自由や多様性を尊重する姿勢を国民や国際社会に示す意味を持つ。また、社会的包摂の一環として、女性、若者、児童、障がい者など社会的弱者への支援強化が明記され、国家再建の過程で社会の各層が参画できる環境づくりを目指すことを示している。
移行期正義の実現についても決議がなされた。過去の人権侵害や犯罪行為に対する司法的措置を適切に進めるとともに、被害者の権利回復に向けたメカニズムを整備するとしている。司法制度改革を含むこの決議は、社会的和解や安定の観点からも重要な一歩であると考えられる。
経済再建に関する決議としては、「経済発展の促進」や「対シリア制裁の解除要求」が特に注目される。これらの決議は、経済の再生に不可欠な外国投資や国際社会との経済関係回復に向けて重要なメッセージとなるだろう。また、公共機関改革や行政機能のデジタル化推進を通じて、政府運営の透明性と効率性向上を図るとした点も重要である。
「市民社会の役割の強化」と「教育制度の改革と発展」が盛り込まれたのも社会再建の観点から評価できる。市民社会組織を国家再建プロセスに積極的に参画させることで、国家と社会の協力関係を強化することを目指している。また教育改革により、社会的格差の是正や労働市場との連携を進め、長期的な社会発展の基礎を整備する狙いも示された。
最後に「対話文化の促進と透明性の確保」という決議は、今回の対話大会を単発のイベントで終わらせず、今後も対話を継続して進める意思を明示している。これは国家再建プロセスの持続可能性を高める上で意義深いと言える。
全体として、採択された18項目は政治的・社会的課題を幅広く包括的に取り扱っており、シリア国家再建の方向性を示す重要な指針となっている。その一方で、具体的な実施方法や制度設計、また各決議の実行に必要な政治的合意形成については引き続き課題として残されており、今後の新政権の手腕が試されることになるだろう。
大会に対する国内外の反応
シリア国民対話大会に対する国際社会の反応は、地域間で明確に分かれた。特に湾岸諸国は大会に対して肯定的評価を明確に示した。サウジアラビア、UAE、カタール、クウェートはそれぞれ公式声明を通じて、大会開催への支持と歓迎の意を表明し、新政権に対する積極的な政治的支援の姿勢を鮮明にした。具体的には、サウジアラビアは医療物資の提供を行うなど、実際の支援策も展開しており、大会の成功を後押しする姿勢を強く示している。また、ヨルダンとバーレーンからはシャルア暫定大統領に対してラマダーン月の到来を祝う祝電が送られ、これら諸国が新政権との外交関係を再び緊密化させる狙いを持っていることが伺える。このように湾岸諸国の積極的支持は、新政権が地域内での政治的な正統性を再構築し、シリアが前政権時代から長期にわたっておかれてきた国際的な孤立状態から脱却するための重要な外交的ステップとなり得るものである。
一方、欧米諸国の反応は湾岸諸国の積極的態度とは対照的に、極めて慎重かつ抑制的であった。欧米各国政府は公式な評価や歓迎の声明を明確に控えており、大会の開催に対して一定の距離を置く姿勢を維持している。この慎重な対応の背景には、反体制派やクルド民族主義勢力が大会から実質的に排除されているという包摂性の欠如に対する根深い懸念が存在すると考えられる。また、欧米諸国がこうした慎重な立場を続け、新政権への積極的な外交関与を見送ることは、経済制裁解除や国際的な復興支援を得るためのシリア新政権の取り組みを一層困難にさせる可能性が高い。
国内においても、大会に排除された勢力からの批判が激しかった。北・東シリア地域民主自治局は「我々はシリアの一部として代表されていなかった。この大会の形式、内容について留保したい。また、我々はその成果の実施の一部をなすことはないだろう」と明確に非難している。またシリア民主評議会も大会について、「長年にわたりこの国の政治情勢を支配してきた排除と周縁化の方針の継続であり、シリア社会を構成するさまざまな勢力を排除し、分断を深めるかたちばかりの措置」と痛烈に批判した。こうした声明は、新政権の政治的統合能力が極めて不十分であり、シリア社会内部の分裂をむしろ促進させる危険性を明確に示している。
さらに注目すべきは、この国内外の反応が示す政治的含意である。湾岸諸国からの支持は短期的に新政権に対して外交的および経済的な利点を提供する可能性があるが、それだけでシリアが国際社会に完全復帰し、安定的な統治を確立することは困難である。欧米諸国からの慎重姿勢と排除された国内勢力からの根深い反発は、大会が真に包括的かつ持続可能な政治統合を達成するには程遠いことを示唆している。結果的に、この大会の政治的成功は表面的かつ限定的なものに留まったと言わざるを得ない。今後のシリアの国家再建と安定化は、現在の排除や分断の構造を根本的に克服する政策的措置や政治プロセスを新政権が打ち出せるか否かに大きく依存している。
おわりに
本稿では、2025年2月に開催されたシリア国民対話大会の進行過程、採択された決議、そして国内外の反応について検証してきた。大会の開催自体は、新政権が国家再建と政治的統一に向けた積極的な姿勢を内外に示す機会となったものの、その実質的成果については多くの疑問符が付くこととなった。
まず大会運営において明確となった最大の課題は包摂性の欠如である。クルド民族主義勢力や主要反体制派が参加から排除された結果、国内の重要な社会的要素が対話の場から締め出される事態となった。この排除は、北・東シリア地域民主自治局やシリア民主評議会などから強い批判を招き、新政権による政治的統合の不十分さを露呈する形となった。彼らが大会の成果への参加を明確に拒否したことで、今後の国家再建プロセスにおいても政治的・社会的分断が継続する可能性が高い。
出所:ANHA、2025年2月24日
次に、国際社会からの反応が示した新政権の外交的課題についても指摘すべきであろう。湾岸諸国(サウジアラビア、UAE、カタール、クウェートなど)は大会開催を支持し、新政権との関係を強化する姿勢を見せたものの、特に欧米諸国は反体制派やクルド系勢力の排除に関して慎重な姿勢を維持している。このような欧米諸国の対応は、新政権の民主性や包括性に対する国際的な信頼がまだ十分に得られていないことを明確に示している。これは、今後の経済制裁解除や復興支援獲得の障害となる可能性がある。
また、大会で採択された決議の実効性に関しても重大な課題がある。決議には国家統一、武器の国家独占、暫定憲法制定、移行期正義、経済政策などが含まれているが、その具体的な実施メカニズムや参加勢力間の合意形成が不十分であることから、実行可能性は極めて不透明である。
以上を踏まえると、シリア新政権が掲げる民主的国家再建の道筋は容易ではない。真に包括的な政治プロセスを構築し、国際社会の信頼を獲得するためには、大会で浮き彫りとなった排除の問題を解消し、具体的かつ実効的な政策を迅速に提示・実施していく必要があるだろう。本稿を通じて明らかになった諸課題を踏まえ、今後もシリアの政治動向を継続的に注視していきたい。