世論調査による中東諸国民の政治意識と政治体制の相互連関の解明

平成23年〜25年度科学研究費補助金(基盤研究(B):23310173)

研究概要

本研究は、中東地域政治の動向を決定する上で各国政府が注視する一般大衆の政治意識が、近年の政治変動の中でいかに再構成されたのかを分析することで、①対象国内の政治エリートと大衆の関係や体制の安定/不安定化の要因を解明するとともに、②こうした内政と外交政策がいかに連動し合っているかを探ることを目的とする。この目的を達成するため、現地研究機関との協力(調査委託)に基づく全国規模の直接面談方式もしくは電話による世論調査を実施し、得られた調査データの計量分析を行い、それを踏まえた上で比較政治学的、地域研究的な視点から中東地域政治の動態的な把握を試みる。世論調査の多角的分析と解釈を通じて比較政治学と地域研究の課題を架橋することで、これまでにない現実的かつ包括的な結果が期待できる。

①研究の学術的背景

中東は21世紀を迎えて10年を経てもなお、多くの紛争を抱えた地域である。2003年のイラク戦争によってサッダーム・フセイン政権が崩壊した後、イラクは利権を巡って政治勢力間の合従連衡と武力衝突が渦巻く国となった。駐留米軍が撤退を決めたものの、国内治安への懸念が人々を不安にさせている。イスラエルは建国以来、常に周辺諸国と占領下にあるパレスチナにとっての脅威である。2006年の第二次レバノン戦争と2008年末から2009年にかけてのガザ戦争は、国内安全保障を最優先するために戦争を引き起こすイスラエルの姿を改めて見せつけた。その一方で、イスラエル国民はイランの核開発および「テロ」を遂行するヒズブッラーやハマースに対する懸念、そして停滞する和平交渉に苛立ちを覚えて占領地のユダヤ化を推し進めるベンヤミン・ネタニヤフを首相に押し上げた。イスラエル-シリア間の和平交渉が再び俎上にあがろうとしているが、双方の思惑やねらいは不透明である。 こうした政治動向に関しては、国内・国外ともに現地語に堪能な専門家が時事分析ないし現代史的な解釈を行い、地域の実相を記述する研究が積み重ねられてきた。その一方、中東地域政治の中に一見しただけでは解きがたい謎(パズル)を見出し、地域のコンテクストに依存しない分析手法を導入して解を探し当てる現代政治分析の潮流も見られる。例えば、NIHU上智大学拠点・グループ1「イスラーム主義と社会運動・民衆運動」では、現代比較政治理論の成果を積極的に取り入れている。また本研究計画の前身である一橋大学・ニーズ対応型地域研究推進事業では、シリアとエジプトの世論調査を実施し、文部科学省「人文学及び社会科学における共同拠点整備の推進事業」/「特色ある共同研究拠点の整備の推進事業」東京大学拠点・公募研究「中東における政治変動と政治的ステレオタイプの変化に関する研究」(以後、「ステレオタイプ研究」)では、パレスチナとレバノンの世論調査を実施した。この二つのプロジェクトでは、次の二点を研究課題としていた。第一に、中東で暮らす人々が国内外の政治主体に抱いている政治的なステレオタイプのありようを解明することである。第二に、中東で暮らす人々の国際移動の実態と願望への理解を通じて経済的・社会的ステレオタイプを明らかにすることである。 これまで中東政治の分析においては、当該地域がおおむね権威主義的な統治下にあるため、世論調査は不適切と見られてきた。しかしながら、青山弘之(シリア政治)の現地調査によって、政権が政策立案に先立って世論調査を含む多様な手法で情報収集を行っていることが明らかになっている。ゆえに、世論調査と調査データの計量分析は、地域の政治主体の視点に沿った現実的な分析を可能にする手段となっている。したがって、本研究の目的は中東地域政治の動向を決定する上で各国政府が注視する一般大衆の政治意識が、近年の政治変動の中でいかに再構成されたのかという問いから出発する。これにより中東諸国の世論形成と政策評価、およびそれらと体制の維持/変動がどのようにかかわっているのか、というメカニズムを解明することができる。 具体的には、本研究は、世論の分析を通じて、①対象国の内政において、政治エリートと大衆がいかなる関係を織りなしているのか、そして体制の安定/不安定性がいかに付与されているのかといった点を解明する一方、②外交において、こうした内政がどのようにインパクトをもたらしているのか(そして外交によって内政がいかに影響を受けるのか)を探ることを目的とする。 アラブ諸国で通時的かつ横断的に世論調査を行うプロジェクトは、Mark TesslerによるArab Barometer Project (ABP)とShibley TelhamiによるArab Public Opinion Surveys (APOS)がある。A.Jamal and M.Tessler (2008) “Attitudes in the Arab World,” Journal of Democracy 19 (1): 97-110.によればABPはアラブ諸国民の民主政治に対する認識や態度を測定し、政治参加や民主化、イスラームの政治的側面に関する大衆の意識を調査する目的を持つ。またS.Telhami (2007) “Lebanese Identity and Israeli Security in the Shadows of the 2006 War,” Current History (106): 21-26やTelhami (2008) “In the Shadow s of the Iraq War,” Survival 49 (1): 107-122ではAPOSで調査したアラブ諸国民が有する米英仏独露中といった国際政治の大国に対する好悪の態度を示している。これらの世論調査プロジェクトと比較して、「ステレオタイプ研究」の後継に位置づけられる本計画には、既存研究にはない、上記①および②という研究目的の方向と射程に違いがある。

②研究期間内に何をどこまで明らかにするのか

この研究計画は、上記①および②の研究目的に鑑みて、期間内に明らかにしたい三つの課題を有する。第一の課題は「中東諸国民の政治的認知地図の解明と動態の把握」である。これは研究代表者および青山(研究分担者)がこれまでシリア、エジプト、パレスチナ、レバノンで実施してきた研究究課題であり、政治的認知地図の研究を通じて中東地域システムの紛争構造を政治意識レベルで解明する試みである。これにより世論と為政者の政治的パフォーマンスの整合性を精査し、各国の政治的安定性・正統性、地域の安定性の是非を把握したい。 第二の課題は「中東諸国民の政党支持態度の構造」である。これは山尾大(研究分担者)の研究テーマと合致するもので、イラクなど、政治的多元主義が政治的安定の有無に大きくかかわっている国々を対象とした分析を想定している。この分析は、新興民主主義国における選挙と政治的安定性という問題に対し、有権者意識というマイクロ・レベルからのアプローチを可能にする。 第三の課題は「中東諸国民の国際移動経験と意識」である。これは研究代表者および高岡(研究協力者)がシリアとパレスチナの事例分析をおこなってきた課題である。アラブ人がどれほどネットワークに頼って国境を越える移動をするのか、居住する国によって動機付けに差があるのかを明らかにする試みである。この分析によって、人工国家群である中東諸国のなかで、人々がどのように国境を「超越」しようとしているのかを解明することができるだろう。

③本研究の学術的な特色・独創的な点および予想される結果と意義

この研究計画を遂行する組織は、比較政治理論および国際政治理論に通じ、計量分析手法に明るい研究者と、アラビア語に堪能で臨地調査経験と現地の人脈が豊富な研究者で構成されている。メンバーが協力することで、臨地調査(質的調査)の際に得られた仮説を元に質問票を設計し、調査対象国の実情を踏まえた世論調査を実施することができる。すなわち質的調査で生成した仮説を量的調査によって実証するという理想的な研究の流れを持つことが、本研究の第一の特色である。次に、質問票に外交と内政およびエスニシティや党派に関する項目を含んでいるため、外交と内政の関連という国際政治において興味深い問いや内政上の権力構造を量的に把握するという比較政治研究への貢献、ならびにアラブ諸国民の国際移動を量的に記述・分析するという比較政治的課題への貢献を展望していることが第二の特色であり、また独創的な点でもある。とりわけアラブ人の国際・越境移動に関しては世論調査で把握されることがほとんどないため、比較政治学と地域研究を架橋する課題を持つ本研究の独創性は国際的に見ても高いといえる。最後に、シリア-イスラエル、レバノン-イスラエルという敵対関係にある国で同じ内容の質問紙調査を実施することは、それ自体が史上初の学術活動だと思われる。当該国の研究者はお互いに相手の調査を行うことが困難であり、世論調査の先進国である米国の研究者は外交上の関係からシリアへのアクセスが難しい。しかし日本の研究者であれば、双方に等しくアクセス可能である。

研究構成員

研究代表者

  • 浜中新吾(山形大学地域教育文化学部准教授)

研究分担者

  • 青山弘之(東京外国語大学総合国際学研究院准教授)
  • 山尾大(九州大学大学院比較社会文化研究院専任講師)

研究協力者

  • 髙岡豊(財団法人中東調査会研究員)
  • 溝渕正季(公益財団法人日本国際フォーラム主任研究員/研究室長)

連帯研究者

  • 錦田愛子(東京外国語大学・アジア・アフリカ言語文化研究所・助教)
  • 吉岡明子(日本エネルギー経済研究所中東研究センター)

その他の機関・協力者

所属は2011年4月現在

研究成果

研究会合

第1回研究会合

  • 開催日:2011年5月21日
  • 会場:京都大学
  • 報告:基調報告および今後の計画(浜中新吾)

第2回研究会合

  • 開催日:2012年3月7日
  • 会場:東京外国語大学本郷サテライト
  • 報告:イスラエル世論調査(2011)」実施完了報告 「イラク世論調査(2011)」実施完了報告

22nd World Congress of International Political Science Association

日本政治学会2012年研究大会(研究発表)

  • 開催日:2012年10月6日
  • 会場:九州大学伊都キャンパス
  • 報告:「イラクにおける政党支持構造とその変容」(山尾大・浜中新吾)

第3回研究会合

  • 開催日:2013年3月2日
  • 会場:京都大学東京オフィス
  • 報告:「パレスチナ・レバノン同時世論調査(2012)」実施完了報告 「エジプト世論調査(2013)」実施進捗状況報告

イスラーム地域研究(東京大学拠点)パレスチナ研究班(研究発表)

  • 開催日:2013年7月20日
  • 会場:東京大学東洋文化研究所
  • 報告:「アラブ革命の陰で」(浜中新吾)

The 23nd World Congress of International Political Science Association