中東における政治変動と政治的ステレオタイプの変化に関する研究

平成20年度文部科学省「人文学及び社会科学における共同研究拠点の整備の推進事業」委託費による「イスラーム地域研究」にかかわる共同研究

研究概要

2001年の9・11事件および2003年のイラク戦争の発生によって中東は未曾有の政治変動を経験した。東アラブ地域を例にとると、「テロとの戦い」と「民主化」を両輪とする米国の覇権主義的な対中東政策により、イラクではサッダーム・フセイン政権が瓦解し、外国占領軍の駐留と国内治安の悪化という事態に喘いでいる。パレスチナ・イスラエルでは1990年代以来続いたオスロ体制が完全に崩壊し、2006年のハマースの総選挙での勝利以降、両者の衝突、さらにはパレスチナ諸勢力間の対立が絶えない。シリアでは2005年のラフィーク・ハリーリー・レバノン元首相暗殺事件発生を契機に国際社会のバッシングを浴び、一時は体制転換の可能性さえ指摘された。レバノンでは2005年の独立インティファーダと欧米諸国の後押しにより、長年にわたるシリアの実効支配からの脱却を達成したものの、国内の政治勢力の対立悪化、レバノン紛争(2006年)やファタハ・イスラームと国軍の戦闘(2007年)により疲弊し、実質的な内戦状態に陥っている。

こうした政治変動については、これまで主に時事分析的・現代史的な視点、さらには「民主化論」「権威主義体制論」といった(比較)政治学的視点から、その原因、経緯そして結果がさまざまなかたちで取り上げられてきた。例えば、「イスラーム地域研究」の枠組みのもとで実施されている共同研究に目を向けると、東京大学拠点グループ2「中東政治の構造変容」「中東の民主化と政治改革の展望」においては、中東地域の主要各国における政治体制、政治制度、選挙結果、政党などを詳細に調査し、制度的民主化の拡充の有無を比較研究するためのきわめて有効な素材を提供している。また同「パレスチナ研究班」では、現地研究機関との連携を強化し、散逸する危険のある資料や文書を収集し、統計資料の充実を図ってパレスチナ研究の拠点を日本国内に設置しようとしている。しかしながら、過去に類を見ない地域の政治変動がそこで暮らす人々の政治意識に具体的にどのような影響をおよぼしたのか、そして人々の政治意識が受けた影響が今後の政治にいかにフィードバックする可能性を持つかといった点についての研究・検討は、いまだ発展途上段階にあると言える。

本共同研究は、中東地域の政治をめぐる既存の研究(時事分析的・現代史的研究、[比較]政治学的研究)動向を踏まえつつ、そこでの政治の行方を決定するうえで決して無視することのできない人々の政治意識が近年の政治変動のなかでいかに再構成されたのかを解明し、地域の政治の将来を展望する手がかりを提供することを目的とする。ここでいう政治意識とは、対象地域の人々の政治への関心の有無を意味するものではなく、彼らが自国の政府、政治主体、社会的諸集団、さらには諸外国の政治における役割をどのように認識・評価しているのかを意味する。すなわち、本共同研究は、中東で暮らす人々が国内外の政治主体に抱いている政治的なステレオタイプの変化のありようを解明することをその主たる研究課題とする。

上記の目的を達成するため、本共同研究は、時事的な情報収集、現地の識者、政治指導者との面談、一般の人々を対象としたインタビュー調査といった調査手法に加えて、現地研究機関との協力(調査委託)に基づく全国規模の(ないしは包括的な)直接面談方式による世論調査とその計量分析を行う。これまで中東の政治分析においては、同地域が概ね権威主義体制下に置かれてきたがゆえに、先進欧米諸国で確立した世論調査の手法は不適切だとみなされてきた。だが、近年の調査により、権威主義体制を敷く政権が政策決定に先だって世論調査を含むきわめて多様な手段を通じて情報収集を行っていることが明らかになっており、同手法とその計量分析を共同研究の基軸に据えることは、地域の政治主体の目線にたったより現実的な分析を可能とする。なおこれまでしばしば指摘されてきた、情報操作による調査結果の誤差については、本共同研究を構成する地域研究者の現地経験を踏まえて実態との乖離を説明し、誤差をもたらした情報操作の政治的含意を明らかにできると考える。

本共同研究の成果は主に三つの段階を通じて行う――第1に世論調査の実施とその結果の単純集計、第2に世論調査結果の計量分析とその記述的分析、そして第3に上記二つの成果を踏まえた時事分析的・現代史的研究、比較政治学的研究。これらの研究成果は、本共同研究構成研究員の所属する大学・研究機関の紀要やインターネット媒体などを通じて随時発表・公刊し、その是非を問う予定である。

研究構成員

研究統括者

  • 青山弘之(東京外国語大学総合国際学研究院准教授)

研究分担者

  • 浜中新吾(山形大学地域教育文化学部准教授)

研究協力者

  • 髙岡豊(上智大学イスラーム地域研究機構研究補助員)
  • 山尾大(日本学術振興会特別研究員(PD)、東京外国語大学)
  • 溝渕正季(上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科、日本学術振興会特別研究員(DC))

その他の協力者・機関

所属は2008年4月現在

研究成果