シリア移行期政権暫定人民議会(2026年):選出・任命

SANA, July 12, 2026

CMEPS-J Report No. 112(2026年7月18日)

青山 弘之

シリアでは、2026年7月1日に2026年政令(大統領令)第143号が公布され、暫定人民議会議員が正式に任命された。本稿では、議員の選出・任命に至る経緯を解説する。

選挙区、定数、投票日の確定

人民議会選挙については、拙稿(青山[2026])において、2026年3月までの経緯を詳述した。その経緯を整理すると、以下の通りである。

2025年1月29日、シリア革命勝利宣言大会において、バッシャール・アサド(Bashshār al-Asad)政権下の人民議会(第3期人民議会)は正式に解散され、立法権が暫定大統領となったアフマド・シャルア(Aḥmad al-Sharʿ)に付与されるとともに、移行期における暫定立法評議会(人民議会)の設立が委任された。また、3月13日に公布された憲法宣言では、暫定人民議会議員の3分の2を選出し、残る3分の1を大統領が任命することが定められた(青山[2025]、Aljazeera.net[2024]、大森[2025])。

2026年6月13日、シャルア暫定大統領は2026年政令第66号を公布し、選挙プロセスを監督・運営する人民議会選挙高等委員会(al-Lajna al-ʿUlyā li-Intikhābāt Majlis al-Shaʿb)を設置するとともに、議会の定数を150議席と定め、各県への議席配分を決定した(SANA[2025a])。これを受けて、人民議会選挙高等委員会は6月18日、人民議会議員を選出する選挙人団(al-Hayʾa al-Nākhiba)を、専門人材層(Fiʾat al-Kifāʾāt)と名士・名望家層(Fiʾat al-Wujahāʾ wa al-Aʿyān)の二つのカテゴリーに区分し、前者を70%、後者を30%とすることを決定した。また、同委員会は7月26日にシャルア暫定大統領へ提出した選挙制度に関する最終案において、定数を210議席、投票日を9月15日から20日までとすることなどを提案した(SANA[2025b][2025c])。

これを受けて、シャルア暫定大統領は2025年8月20日、2025年政令第143号を公布し、人民議会選挙高等委員会が提出した最終案を採用して、定数を210議席に確定するとともに、選挙区を従来の県単位から郡単位へ変更することを定めた(SANA[2025d])。さらに、人民議会選挙高等委員会は8月26日、2025年決定第24号を発出し、比例代表の原則を尊重するとして、表1および図1に示す通り、選挙区および議席配分を定めた。

表1 選挙区(郡)別の議席数

選挙区 議席数 合計
アレッポ スィムアーン山郡(アレッポ市) 14 32
アアザーズ郡 3
バーブ郡 3
サフィーラ郡、ダイル・ハーフィル郡 2
アターリブ郡 1
ジャラーブルス郡 1
アフリーン郡 3
アイン・アラブ郡 2
マンビジュ郡 3
ダマスカス郊外 ダマスカス郊外郡、ヤブルード郡 3 12
ザバダーニー郡 1
タッル郡 1
クタイファ郡 1
ナクブ郡 1
ドゥーマー郡 3
カトナー郡 1
ダマスカス 10
ヒムス ヒムス郡 8 12
ラスタン郡 1
ムハッラム郡、クサイル郡 1
タドムル郡 1
タッルカラフ郡 1
ハマー ハマー郡 5 12
スカイラビーヤ郡 2
サラミーヤ郡 2
ムハルダ郡 1
ミスヤーフ郡 2
ハサカ ハサカ郡 3 10
カーミシュリー郡 4
マーリキーヤ郡 2
ラアス・アイン郡 1
ラタキア ラタキア郡 3 7
ハッファ郡 1
カルダーハ郡 1
ジャブラ郡 2
タルトゥース タルトゥース郡 2 5
ドゥライキーシュ郡、シャイフ・バドル郡 1
サーフィーター郡 1
バーニヤース郡 1
ダイル・ザウル ダイル・ザウル郡 5 10
ブーカマール郡 3
マヤーディーン郡 2
ラッカ ラッカ郡 3 6
サウラ(タブカ)郡 1
タッル・アブヤド郡 2
ダルアー ダルアー郡 3 6
サナマイン郡 1
イズラア郡 2
イドリブ イドリブ郡 3 12
マアッラト・ニウマーン郡 2
ハーン・シャイフーン郡 1
ジスル・シュグール郡 2
ハーリム郡 2
アリーハー郡 2
スワイダー スワイダー郡 1 3
シャフバー郡 1
サルハド郡 1
クナイトラ クナイトラ郡 2 3
フィーク郡 1

出所:al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2025b]をもとに筆者作成。

図1 選挙区

出所:al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2025b]をもとに筆者作成。

第1回投票

選挙は当初、シリア全土での実施を前提として準備が進められていた。しかし、2025年8月23日、人民議会選挙高等委員会は、安全上の理由から、スワイダー県、ハサカ県、およびラッカ県での選挙実施を延期すると発表した(al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2025a])。

投票日については、人民議会選挙高等委員会は前述の通り、2025年9月15日から20日に実施することをシャルア暫定大統領に報告していた。しかし、同委員会のナウワール・イリヤース・ナジュマ(Nawwār Iliyās Najma)報道官は9月14日、選挙人団の立候補申請に対する審査が継続していることを理由に、投票日を延期すると発表した(SANA[2025e])。その後、同委員会は9月21日に2025年決定第44号を発出し、投票日を10月5日に変更した(al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2025c])。

この決定に従い、投票は2025年10月5日に実施され、その結果は翌6日、人民議会選挙高等委員会が2025年決定第66号を発出し、当選者を発表した(al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2025d])。なお、シリア民主軍諸派の支配下にあったアレッポ県アイン・アラブ(コバネ)郡では、選挙は実施されなかった。当選者については、拙稿(青山[2026])の表4を参照されたい。

第2回投票

第2回投票は、トルコが長らく実効支配下に置いていたラッカ県タッル・アブヤド郡およびハサカ県ラアス・アイン郡で実施された。

この投票は2025年10月23日に実施され、翌24日、人民議会選挙高等委員会は2025年決定第78号を発出して結果を公表した(al-Lajna al-ʿUlyā li-Intikhābāt Majlis al-Shaʿb[2025e])。当選者は拙稿(青山[2026])の表5を参照されたい。

第3回投票

第3回投票は、2026年1月29日に成立し、翌30日に発効した包括停戦合意によって戦闘が収束し、シリア民主軍諸派の支配下から移行期政権の支配下へ編入された地域のうち、ラッカ県ラッカ郡およびタブカ郡の二つの選挙区で実施された。

投票は2026年3月17日に行われ、翌18日、人民議会選挙高等委員会は2026年決定第13号により結果を発表した(al-Lajna al-ʿUlyā li-Intikhābāt Majlis al-Shaʿb[2026a])。当選者は(青山[2026])の表6を参照されたい。

第4回投票

第4回投票は、シリア民主軍諸派が自治を維持しつつ、移行期政権との共同統治下に入ったハサカ県のハサカ選挙区、マーリキーヤ選挙区およびカーミシュリー選挙区そしてアレッポ県アイン・アラブ選挙区で実施された。

人民議会選挙高等委員会は2026年5月20日、2026年決定第26号および第27号を発出し、これら4選挙区の選挙人団の最終名簿を公表した(al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2026b][2026b])。さらに、5月21日には2026年決定第30号を発出し、カーミシュリー選挙区の選挙人団に10名を追加した(al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2026c]https://t.me/SySCFPAE/719)。また同日、人民議会選挙高等委員会は2026年決定第31号および第32号を発出し、これら4選挙区の候補者名簿を公表した(al-Lajna al-ʿUlyā li-Intikhābāt Majlis al-Shaʿb[2026d][2026e])。

投票は2026年5月24日に実施され、翌25日、人民議会選挙高等委員会は2026年決定第37号および第38号を発出し、最終投票結果を発表した(al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2026g][2026h])。当選者は表2に示した通りである。

表2 第4回投票の最終結果

選挙区 氏名
ハサカ県 ハサカ選挙区 イブラーヒーム・ムスタファー・アリー(Ibrāhīm Muṣṭafā al-‘Alī)
ウマル・イーサー・ハーイス(‘Umar ‘Īsā Hāyis)
ファスラ・ハドル・ユースフ(Faṣla Khaḍr Yūsuf)
カーミシュリー選挙区 キーム・フサイン・イブラーヒーム(Kīm Ḥusayn Ibrāhīm)
ラドワーン・ウスマーン・サイドゥー(Riḍwān ‘Uthmān Saydū)
アブドゥルハリーム・ハドル・アリー(‘Abd al-Ḥalīm Khaḍr al-‘Alī)
マフムード・マーディー・アリー(Maḥmūd Māḍī al-‘Alī)
マーリキーヤ選挙区 アフマド・アブドゥッラー・ムラード(Aḥmad ‘Abd Allāh Murād)
アルワーン・アーイド・アリー(‘Alwān ‘Āyid al-‘Alī)
アレッポ県 アイン・アラブ選挙区 ファルハード・アンワル・シャーヒーン(Farhād Anwar Shāhīn)
シャウワーフ・イブラーヒーム・アッサーフ(Shawwākh Ibrāhīm al-‘Assāf)

出所:al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2026g][2026h]をもとに筆者作成。

なお、人民議会選挙高等委員会は2026年5月24日、マーリキーヤ選挙区では、定数2に対して候補者数も2人であったことから、この2人を無投票当選としたと発表した(al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2026f])。

議員の任命

ムワッヒド・ドゥルーズ精神指導部がその大部分を実効支配するスワイダー県を除くすべての選挙区での選挙が終了したことを受けて、大統領指名枠の議員の選出作業が進められた。

これに関して、2026年6月27日付『クドス・アラビー』(al-Quds al-‘Arabī[2026])は、複数の情報筋の話として、6月15日から21日にかけて、100人を超える大統領指名議員候補者との非公開会合を重ねていたことを確認したと伝えた。

同記事によると、候補者は、大学関係者、法律家、ジャーナリスト、市民活動家、部族有力者に加え、民族・宗教・宗派共同体の代表や、反体制組織のメンバーらなど、さまざまな民族的構成や政治・社会的属性を代表しており、彼らとの面談は個別、あるいは少人数のグループごとに行われた。

情報筋によれば、面談は国内の政治勢力や社会集団間の調整を担当するとされる政治問題総局を所轄する外務在外居住者省の庁舎で行われた。一部の面談には、マズハル・ワイス(Maẓhar al-Ways)法務大臣のほか、人民議会選挙高等委員会のムハンマド・ターハー・アフマド(Muḥammad Ṭāhā al-Aḥmad)委員長、ムハンマド・ハムザ・シャムート(Muḥammad Hamza al-Shamūṭ)人民議会事務総長、大統領府代表ら出席した。情報筋によると、ダイル・ザウル県のアカイダート部族の族長で元人民議会議員のファイサル・ナジュラス(Fayṣal al-Najras)の子息であるサウード・ファイサル・ナジュラス(Sa’ūd Fayṣal al-Najras)、アッシリア民主機構の幹部のガーブライール・クーリーヤ(Kabrīyīl Kūrīya)、移行期政権とシリア民主軍の包括停戦合意の履行を担当する大統領府チームのメンバーで、シャーム自由人イスラーム運動諮問評議会の委員だったクルド人指導者のムスタファー・アブドゥッラフマーン・アブディー(Muṣṭafā ‘Abd al-Raḥmān ‘Abdī)、シャンマル部族の有力者でシリア部族氏族評議会メンバーのアフマド・ナウワーフ・ジャルバー(Aḥmad Nawwāf al-Jarbā)、シリア・クルド国民評議会渉外委員会の委員(元議長)のイブラーヒーム・バッルー(Ibrāhīm Barrū)、シャーム軍団の創設者・司令官であるムンズィル・アフマド・サッラース(Mundhir Aḥmad Sarrās)らが候補者に含まれていた。

人民議会議事堂や人民議会選挙高等委員会ではなく、外務在外居住者省が会場となったことについて、一部の候補者からは、誰が選考を主導しているのかという疑問が呈された。これに対して、関係者は、組織運営上および治安上の理由に加え、協議を報道や世論の注目を回避する意図があったためだと説明したという。

また情報筋によると、シャルア暫定大統領自身も独自の候補者リストを作成しており、そのなかには、シリア国民連合(シリア革命反体制勢力国民連立)元議長のムアーッズ・ハティーブ(Mu‘ādhdh al-Khaṭīb)、俳優でカイロ・プラットフォームのメンバーだったジャマール・スライマーン(Jamāl Sulaymān)、シリア国民対話会議準備委員会委員のフダー・アタースィー(Hudā al-Atāsī)らが含まれていたとされる。また、シャルア暫定大統領は指名枠における女性の比率を高めたい考えで、元シリア国民評議会のメンバーで、同評議会のスウェーデン支部代表を務めたハナーン・イブラーヒーム・バルヒー(Ḥanān Ibrāhīm al-Balkhī)を指名することをほぼ決定していたとされる。

こうした人選作業を経て、シャルア暫定大統領は2026年7月1日、2026年政令第143号を公布し、大統領指名枠70名を含む206名を人民議会議員に正式任命した(SANA[2026a])。任命された206名は表3の通りである。

表3 暫定人民議会議員

選出枠
1. アフマド・イドリース・タッアーン(Aḥmad Idrīs al-Ṭa‘‘ān)
2. アフマド・アブドゥッラー・マフムード・サーリフ(Aḥmad ‘Abd Allāh Maḥmūd Ṣāliḥ)
3. アフマド・アブドゥッラー・ムラード(Aḥmad ‘Abd Allāh Murād)
4. アフマド・ムハンマド・ハリーリー(Aḥmad Muḥammad al-Ḥarīrī)
5. アフマド・ムハンマド・シャッラーシュ(Aḥmad Muḥammad al-Shallāsh)
6. アフマド・ムハンマド・ハサン・ウマル(Aḥmad Muḥammad Ḥasan al-‘Umar)
7. アフマド・ムハンマド・ハーリド・サマーイール(Aḥmad Muḥammad Khālid al-Samā’īl)
8. アフマド・マフムード・ハラフ・シャッラーシュ(Aḥmad Maḥmūd al-Khalaf al-Shallāsh)
9. ウサーマ・マフムード・ナウース(Usāma Maḥmūd al-Na‘ūs)
10. アクラム・マッダーフ・アッサーフ(Akram Maddāḥ al-‘Assāf)
11. アミール・アブドゥッラッザーク・アザール・ダンダル(Amīr ‘Abd al-Razzāq ‘Adhāl al-Dandal)
12. アミーン・バシール・バシール(Amīn Bashīr al-Bashīr
13. アイマン・アブドゥフ・シャンムー(Ayman ‘Abduh Shammū)
14. イブラーヒーム・ハリール・ターリブ(Ibrāhīm Khalīl al-Ṭālib)
15. イブラーヒーム・アブドゥッラー・アブドゥッラー(Ibrāhīm ‘Abd Allāh al-‘Abd Allāh)
16. イブラーヒーム・ムスタファー・アリー(Ibrāhīm Muṣṭafā al-‘Alī)
17. イクバール・ムハンマド・マンスール(Iqbāl Muḥammad Manṣūr)
18. ウサーマ・ムハンマド・サーリフ・アッサーフ(Usāma Muḥammad Ṣāliḥ al-‘Assāf)
19. アムジャド・アクラム・アリー(Amjad Akram ‘Alī)
20. アウス・ファーイズ・ウスマーン(Aws Fāyiz ‘Uthmān)
21. バッサーム・ムハンマド・ヒルミー・フサイン(Bassām Muḥammad Ḥilmī al-Ḥusayn)
22. バシャル・ナジュムッディーン・ハーウィー(Bashar Najm al-Dīn al-Ḥāwī)
23. バシール・ムハンマド・ハイル・ウライトゥー(Bashīr Muḥammad Khayr ‘Ulayṭū)
24. タマーム・ムハンマド・ルーダアミー(Tamām Muḥammad al-Lūda‘amī)
25. ジャアファル・サーディク・アブドゥッラティーフ・タッハーン(Ja’far al-Ṣādiq ‘Abd al-Laṭīf Ṭaḥḥān)
26. ジャマール・アブドゥッラフマーン・マキース(Jamāl ‘Abd al-Raḥmān Makīs)
27. ジャマール・ムハンマド・ヌマイリー(Jamāl Muḥammad al-Numayrī)
28. フサームッディーン・アブドゥッラッザーク・ドゥバイス(Ḥusām al-Dīn ‘Abd al-Razzāq Dubays)
29. フサーム・アドナーン・ハムダーン(Ḥusām ‘Adnān Ḥamdān)
30. ハッサーン・アフマド・アターヤー(Ḥassān Aḥmad ‘Aṭāyā)
31. ハッサーン・ナズィール・シャイハ(Ḥassān Nadhīr Shaykha)
32. ハーリド・ジャマール・ハラフ(Khālid Jamāl al-Khalaf)
33. ハーリド・アラファート・ウラービー(Khālid ‘Arafāt ‘Urābī)
34. ハーリド・ムハンマド・サッルーム(Khālid Muḥammad al-Sallūm)
35. ハリール・イーサー・カンウー(Khalīl ‘Īsā al-Kan‘ū)
36. ラーミー・イブラーヒーム・マフフーズ(Rāmī Ibrāhīm Maḥfūẓ)
37. ラドワーン・ウスマーン・サイドゥー(Raḍwān ‘Uthmān Saydū)
38. ラドワーン・ムハンマド・スバイナーティー(Raḍwān Muḥammad al-Subaynātī)
39. リファーア・ムスタファー・アクラマ(Rifā‘a Muṣṭafā ‘Akrima)
40. ルーラー・ウバイドゥッラー・ダーヤ(Rūlā ‘Ubayd Allāh Dāya)
41. ランキーン・ムハンマド・アブドゥー(Rankīn Muḥammad ‘Abdū)
42. サーリム・ムハンマド・アフマド(Sālim Muḥammad al-Aḥmad)
43. サーミル・アフマド・ムハンマド(Sāmir Aḥmad Muḥammad)
44. サーミル・ドゥーラーン・カラ・アリー(Sāmir Dūrān Qara ‘Alī)
45. サアド・ファハド・シュワイシュ(Sa’d Fahd al-Shuwaysh)
46. シャウワーフ・イブラーヒーム・アッサーフ(Shawwākh Ibrāhīm al-‘Assāf)
47. シャイフ・サイード・アフマド・シャイフ・イスマーイール・ザーダ(Shaykh Sa‘īd Aḥmad Shaykh Ismā‘īl Zāda)
48. ターリク・ハサン・ハマド(Ṭāriq Ḥasan Ḥamad)
49. ターリク・ハーリド・マダニー(Ṭāriq Khālid al-Madanī)
50. ターリク・ムハンマド・ズィヤーブ(Ṭāriq Muḥammad al-Dhiyāb)
51. ターリク・ムハンマド・サルー(Ṭāriq Muḥammad Salū)
52. ターヒル・アワド・アブドゥルバーキー(Ṭāhir ‘Awaḍ ‘Abd al-Bāqī)
53. アーリフ・アブドゥルハミード・ラッズーク(‘Ārif ‘Abd al-Ḥamīd Razzūq)
54. アーミル・ジャースィム・バシール(‘Āmir Jāsim al-Bashīr)
55. アーイシュ・ハリーフ・フサイン・ザルカ(‘Āyish Khalīf al-Ḥusayn al-Zarka)
56. アブドゥルハスィーブ・ハーリド・ダグマシュ(‘Abd al-Ḥasīb Khālid Daghmash)
57. アブドゥルハリーム・ハドル・アリー(‘Abd al-Ḥalīm Khaḍr al-‘Alī)
58. アブドゥッラフマーン・ハーリド・ハリーリー(‘Abd al-Raḥmān Khālid al-Ḥarīrī)
59. アブドゥッラッザーク・サアド・アワド(‘Abd al-Razzāq Sa’d ‘Awaḍ)
60. アブドゥッラッザーク・ムハンマド・ライイス(‘Abd al-Razzāq Muḥammad Rayyis)
61. アブドゥッラッザーク・ユースフ・ウライウィー(‘Abd al-Razzāq Yūsuf al-‘Ulaywī)
62. アブドゥルアズィーズ・アブドゥルカーディル・マグリビー(‘Abd al-‘Azīz ‘Abd al-Qādir Maghribī)
63. アブドゥルファッターフ・フサイン・ウバイド(‘Abd al-Fattāḥ Ḥusayn ‘Ubayd)
64. アブドゥルカーディル・ムハンマド・フージャ(‘Abd al-Qādir Muḥammad Khūja)
65. アブドゥルカリーム・サーリフ・アカイディー(‘Abd al-Karīm Ṣāliḥ ‘Akaydī)
66. アブドゥッラー・ハーフィズ・ハーッジ・アブドゥッラー(‘Abd Allāh Ḥāfiẓ al-Ḥājj ‘Abd Allāh)
67. アブドゥッラー・アブドゥルハミード・アブドゥッラー(‘Abd Allāh ‘Abd al-Ḥamīd al-‘Abd Allāh)
68. アブドゥッラー・マジード・ハーッジ・アブド(‘Abd Allāh Majīd al-Ḥājj ‘Abd)
69. アブドゥッラー・ムハンマド・ハーリド・ガンヌーム(‘Abd Allāh Muḥammad Khālid Ghannūm)
70. アブドゥルマウラー・ムハンマド・イード・ハリーリー(‘Abd al-Mawlā Muḥammad ‘Īd al-Ḥarīrī)
71. アブドゥンナースィル・ハサン・ウマル・ハウシャーン(‘Abd al-Nāṣir Ḥasan al-‘Umar al-Ḥawshān)
72. ウスマーン・アブドゥルカーディル・ナッカール(‘Uthmān ‘Abd al-Qādir al-Naqqār)
73. アドナーン・アフマド・ムサーラマ(‘Adnān Aḥmad al-Musālama)
74. アドナーン・ムハンマド・ジャマールッディーン・ファイユーミー・ハティーブ(‘Adnān Muḥammad Jamāl al-Dīn al-Fayyūmī al-Khaṭīb)
75. アッザーム・ファーディル・ハーンジー(‘Azzām Fāḍil Khānjī)
76. アッザーム・ムニール・ジャフジャーフ(‘Azzām Munīr Jaḥjāḥ)
77. アキール・ムハンマド・フサイン(‘Aqīl Muḥammad Ḥusayn)
78. アルワーン・アーイド・アリー(‘Alwān ‘Āyid al-‘Alī)
79. アリー・ジャースィム・ジャースィム(‘Alī Jāsim al-Jāsim)
80. アリー・ハサン・ヤアクーブ・アーガー(‘Alī Ḥasan Ya’qūb Āghā)
81. アリー・ファーイズ・ダーウード(‘Alī Fāyiz Dāwūd)
82. アリー・マスウード・マスウード(‘Alī Mas’ūd Mas’ūd)
83. イマード・アリー・アシュラファーニー(‘Imād ‘Alī al-Ashrafānī)
84. アンマール・ウサーマ・シャルカトリー(‘Ammār Usāma Sharqaṭlī)
85. アンマール・ムハンマド・ディーブ・ターウーズ(‘Ammār Muḥammad Dīb Ṭāwūz)
86. ウマル・ハムドゥー・グライブー(‘Umar Ḥamadū Ghuraybū)
87. ウマル・イーサー・ハーイス(‘Umar ‘Īsā Hāyis)
88. ガッサーン・マフムード・アブドゥッラー・ジュムア(Ghassān Maḥmūd al-‘Abd Allāh al-Jum’a)
89. ファジュル・ファウズィー・アフマド(Fajr Fawzī al-Aḥmad)
90. ファラジュ・ラカーン・アカディー(Faraj Rakān ‘Aqadī)
91. ファルハード・アンワル・シャーヒーン(Farhād Anwar Shāhīn)
92. ファスラ・ハドル・ユースフ(Faṣla Khaḍr Yūsuf)
93. クタイバ・アフマド・イーサー(Qutayba Aḥmad al-‘Īsā)
94. キナーン・ムハンマド・ラビーブ・ナッハース(Kinān Muḥammad Labīb al-Naḥḥās)
95. キーム・フサイン・イブラーヒーム(Kīm Ḥusayn Ibrāhīm)
96. リーナー・ファヒーム・アイズーキー(Līnā Fahīm ‘Ayzūqī)
97. ヌール・アブドゥルガニー・アラブー(Nūr ‘Abd al-Ghanī ‘Arabū)
98. ムアイヤド・サーミフ・アフマド・カトゥール(Mu’ayyad Sāmiḥ Aḥmad Qaṭūr)
99. ムアイヤド・ムハンマド・ハビーブ(Mu’ayyad Muḥammad Ḥabīb)
100. マーズィン・アフマド・ガザール(Māzin Aḥmad Ghazāl)
101. ムハンマド・バースィル・ムヒーッディーン・ハイラム(Muḥammad Bāsil Muḥyī al-Dīn Haylam)
102. ムハンマド・ラーミズ・アフマド・クーラジュ(Muḥammad Rāmiz Aḥmad Kūraj)
103. ムハンマド・スルール・ムザイブ(Muḥammad Surūr al-Mudhayb)
104. ムハンマド・サアディー・ムハンマド・ヒシャーム・スッカリーヤ(Muḥammad Sa’dī Muḥammad Hishām Sukkarīya)
105. ムハンマド・スライマーン・ムハンマド・サラーフ・ダフラー(Muḥammad Sulaymān Muḥammad Ṣalāḥ Daḥlā)
106. ムハンマド・サイドゥー・サイドゥー(Muḥammad Saydū Saydū)
107. ムハンマド・シャリーフ・ユースフ・ターリブ(Muḥammad Sharīf Yūsuf Ṭālib)
108. ムハンマド・アブドゥッラフマーン・アイユーブ(Muḥammad ‘Abd al-Raḥmān Ayyūb)
109. ムハンマド・アッザーム・タフスィーン・ハイダル(Muḥammad ‘Azzām Taḥsīn Ḥaydar)
110. ムハンマド・ファーディー・アフマド・ハラビー(Muḥammad Fādī Aḥmad al-Ḥalabī)
111. ムハンマド・ファールーク・アースィー(Muḥammad Fārūq al-‘Āṣī)
112. ムハンマド・フィラース・ムハンマド・バディーウ・ジュンディー(Muḥammad Firās Muḥammad Badī’ al-Jundī)
113. ムハンマド・ファウワーズ・マハッリー(Muḥammad Fawwāz al-Maḥallī)
114. ムハンマド・ウィサーム・ムハンマド・サラーフッディーン・ザグルール(Muḥammad Wisām Muḥammad Ṣalāḥ al-Dīn Zaghlūl)
115. ムハンマド・ワリード・バーキール(Muḥammad Walīd al-Bākīr)
116. マフムード・サーリフ・ウワイス(Maḥmūd Ṣāliḥ al-‘Uwayṣ)
117. マフムード・カーミル・ムスタファー(Maḥmūd Kāmil Muṣṭafā)
118. マフムード・マーディー・アリー(Maḥmūd Māḍī al-‘Alī)
119. マフムード・ムハンマド・アミーン・マードゥーン・アスアド(Maḥmūd Muḥammad Amīn Mādūn al-As‘ad)
120. ルワーン・アフマド・ナズハーン(Marwān Aḥmad al-Nazhān)
121. ムスタファー・アブドゥルワッハーブ・ムーサー(Muṣṭafā ‘Abd al-Wahhāb Mūsā)
122. ムスタファー・ウマル・ハーッジ・アブドゥッラー(Muṣṭafā ‘Umar Ḥājj ‘Abd Allāh)
123. ムスタファー・マフムード・サクル(Muṣṭafā Maḥmūd Ṣaqr)
124. ミクダーム・アリー・ジャシュアム(Miqdām ‘Alī al-Jash‘am)
125. ムハイド・サイフッディーン・イーサー(Muhayd Sayf al-Dīn ‘Īsā)
126. マイ・ナージフ・ハルーフ(May Nājiḥ Khalūf)
127. ナーディル・ムハンマド・アディーブ・サヌーフィー(Nādir Muḥammad Adīb Ṣanūfī)
128. ナースィル・ムハンマド・イード・ムハイミード(Nāṣir Muḥammad ‘Īd al-Muḥaymīd)
129. ニザール・アブドゥッラッザーク・ラシュダーン(Nizār ‘Abd al-Razzāq al-Rashdān)
130. ニザール・ムハンマド・シャーイブ(Nizār Muḥammad al-Shāyib)
131. ニザール・ユーヌス・マダニー(Nizār Yūnus al-Madanī)
132. ヌール・ムハンマド・ムアイヤド・ジャンダリー(Nūr Muḥammad Mu’ayyad al-Jandalī)
133. ヒシャーム・フスニー・アフユーニー(Hishām Ḥusnī al-Afiyūnī)
134. ワジュディー・タリーフ・ザイドゥー(Wajdī Ṭarīf Zaydū)
135. ワッダーフ・ナジーブ・ラジャブ(Waḍḍāḥ Najīb Rajab)
136. ヤースィル・マフムード・シャッハーダ(Yāsir Maḥmūd al-Shaḥḥāda)
大統領指名枠
1. アスマー・ファルハーン・スィバーイー(Asmā’ Farḥān al-Sibā‘ī)
2. アナス・ムハンマド・アブダ(Anas Muḥammad al-‘Abda)
3. アイマン・ムハンマド・シャキーリー(Ayman Muḥammad al-Shaqīrī)
4. アフマド・ウマル・ザイダーン(Aḥmad ‘Umar Zaydān)
5. アフマド・カドゥール・アフダル(Aḥmad Qaddūr al-‘Afḍal)
6. アフマド・ナウワーフ・ジャルバー(Aḥmad Nawwāf al-Jarbā)
7. イスラー・ズハイル・マシュフール(Isrā’ Zuhayr al-Mashhūr)
8. バドル・ムイーッディーン・ジャームース(Badr Muḥyī al-Dīn Jāmūs)
9. フサームッディーン・ムハンマド・ザカリヤー・タタリー(Ḥusām al-Dīn Muḥammad Zakarīyā Ṭaṭarī)
10. フサームッディーン・ムハンマド・マージド・ラズマ(Ḥusām al-Dīn Muḥammad Mājid Razma)
11. ハサン・イブラーヒーム・ダギーム(Ḥasan Ibrāhīm Dughīm)
12. ハサン・ムハンマド・サリーム・スーファーン(Ḥasan Muḥammad Salīm Ṣūfān)
13. フサイン・アブドゥッラフマーン・アリー(Ḥusayn ‘Abd al-Raḥmān al-‘Alī)
14. フサイン・ムハンマド・アッサーフ(Ḥusayn Muḥammad ‘Assāf)
15. ハムザ・ジャースィム・カブラーン(Ḥamza Jāsim Qablān)
16. ハンムード・イブラーヒーム・ハサン・ハンムード(Ḥammūd Ibrāhīm Ḥasan al-Ḥammūd)
17. ハナーン・イブラーヒーム・バルヒー(Ḥanān Ibrāhīm al-Balkhī)
18. ハルドゥーン・ジャマール・アフマド(Khaldūn Jamāl al-Aḥmad)
19. ハリール・ダルダ・アブドゥッラー(Khalīl Darda al-‘Abd Allāh)
20. ダアワ・アブドゥルハミード・アフダブ(Da‘wa ‘Abd al-Ḥamīd al-Aḥdab)
21. ラーミー・シャーヒル・サーリフ(Rāmī Shāhir al-Ṣāliḥ)
22. ルーズィーナー・アーミル・ラーズィカーニー(Rūzīnā ‘Āmir al-Lādhiqānī)
23. サウード・ファイサル・ナジュラス(Sa’ūd Fayṣal al-Najras)
24. スマイヤ・ムラード・ムラード(Sumayya Murād Murād)
25. サミーラ・アイマン・ワッタール(Samīra Ayman al-Wattār)
26. スハイル・ハビーブ・ファーディル(Suhayl Ḥabīb al-Fāḍil)
27. スブフ・アクラ・バッダーフ(Ṣubḥ ‘Aqla al-Baddāḥ)
28. アーイシャ・ムハンマド・ファハド・ディブス(‘Ā’isha Muḥammad Fahd al-Dibs)
29. アブドゥルハミード・アキール・アウワーク(‘Abd al-Ḥamīd ‘Akīl al-‘Awwāk)
30. アブドゥッラフマーン・ムジュヒム・ムスタファー(‘Abd al-Raḥmān Mujḥim Muṣṭafā)
31. アブドゥルカリーム・アフマド・バラカート(‘Abd al-Karīm Aḥmad Barakāt)
32. アブドゥルムンイム・ムハンマド・ナースィーフ(‘Abd al-Mun’im Muḥammad al-Nāṣīf)
33. アブドゥルハキーム・ハウワース・バッシャール(‘Abd al-Ḥakīm Ḥawwās Bashshār)
34. アブドゥッラー・ズハイル・ザーイド(‘Abd Allāh Zuhayr al-Zāyid)
35. アラー・フサイン・ムーサー(‘Alā’ Ḥusayn al-Mūsā)
36. イマード・ヤアクーブ・バルク(‘Imād Ya’qūb Barq)
37. ウマル・ファウワーズ・ムハンマド(‘Umar Fawwāz al-Muḥammad)
38. イーサー・ムハンマド・イブラーヒーム(‘Īsā Muḥammad Ibrāhīm)
39. ファーティマ・アブドゥッラティーフ・ユースフ(Fāṭima ‘Abd al-Laṭīf al-Yūsuf)
40. ファーティマ・ムハンマド・ハイダル(Fāṭima Muḥammad Ḥaydar)
41. ガブリイール・ムーシー・クーリーヤ(Gabriyīl Mūshī Kūrīya)
42. ラーラー・ファトヒー・カディード(Lārā Fatḥī Qadīd)
43. ライス・ワヒード・バルウース(Layth Waḥīd al-Bal‘ūs)
44. ムアイヤド・ハーイル・カブラーウィー(Mu’ayyad Hāyil al-Qablāwī)
45. マードゥンナー・スハイル・ビシャーラ(Mādūnnā Suhayl Bishāra)
46. マーヒル・アブドゥルワッハーブ・アッルーシュ(Māhir ‘Abd al-Wahhāb ‘Allūsh)
47. ムハンマド・イブラーヒーム・ズウビー(Muḥammad Ibrāhīm al-Zu‘bī)
48. ムハンマド・イブラーヒーム・ハーッジ・ウスマーン(Muḥammad Ibrāhīm Ḥājj ‘Uthmān)
49. ムハンマド・ズィヤード・ラッバート(Muḥammad Ziyād al-Rabbāṭ)
50. ムハンマド・サイード・アブドゥルカーディル・ハスー(Muḥammad Sa’īd ‘Abd al-Qādir al-Ḥasū)
51. ムハンマド・アリー・ムハンマド・ヤースィーン(Muḥammad ‘Alī Muḥammad Yāsīn)
52. ムハンマド・ナーイフ・バルアース(Muḥammad Nāyif Bal‘ās)
53. ムハンマド・ヤースィル・ダルワーン(Muḥammad Yāsir Dalwān)
54. ムハンマド・ヤースィル・アブドゥルカリーム・ハミーディー・ハマド(Muḥammad Yāsir ‘Abd al-Karīm al-Ḥamīdī al-Ḥamad)
55. ムハンマド・ムーサー・トゥライハ(Muḥammad Mūsā al-Ṭurayḥa)
56. ミルファト・ムハンマド・スブヒー・トゥートゥー(Mirfat Muḥammad Ṣubḥī Tūtū)
57. ムスタファー・アブドゥッラフマーン・アブディー(Muṣṭafā ‘Abd al-Raḥmān ‘Abdī)
58. ムスタファー・ヤフヤー・アクーシュ(Muṣṭafā Yaḥyā ‘Akūsh)
59. ムスアブ・ハリール・シャイフ・ジャドアーン・ハフル(Muṣ’ab Khalīl Shaykh Jad’ān al-Hifl)
60. ムダル・ワフィーク・ハムダーン(Muḍar Wafīq Ḥamdān)
61. ムンズィル・アフマド・サッラース(Mundhir Aḥmad Sarrās)
62. ムフリブ・ムハンマド・ハンムード(Muhrib Muḥammad al-Ḥammūd)
63. ナースィル・ムハンマド・ハイル・ハリーリー(Nāṣir Muḥammad Khayr al-Ḥarīrī)
64. ナジュワー・バフジャト・カッサース(Najwā Bahjat Qaṣṣāṣ)
65. ナウワール・イリヤース・ナジュマ(Nawwār Ilyās Najma)
66. フダー・アブドゥルバースィト・アターシー(Hudā ‘Abd al-Bāsiṭ Atāsī)
67. ハイサム・ユースフ・マアスアス(Haytham Yūsuf al-Ma‘s‘as)
68. ワディーウ・ムハンマド・ハーッジ・ハンムード(Wadī’ Muḥammad Ḥājj Ḥammūd)
69. ヤースィル・スライマーン・マンスール(Yāsir Sulaymān Manṣūr)
70. ヤフヤー・ムハンマド・イマード・イブラーヒーム(Yaḥyā Muḥammad ‘Imād Ibrāhīm)

出所:SANA[2026a]をもとに筆者作成。

2026年政令第143号で正式に任命された選出議員136名のうち、クナイトラ県フィーク選挙区選出のムハンマド・ムワッファク・アブー・シュームル(Muḥammad Muwaffaq Abū Shūmur)、ハマー県サラミーヤ選挙区選出のアブドゥッラー・アブドゥルカリーム・シャッアール(‘Abd Allāh ‘Abd al-Karīm al-Sha‘‘ār)、およびイドリブ県ジスル・シュグール選挙区選出のムハンマド・ムスタファー・クルスーム(Muḥammad Muṣṭafā Kulthūm)の3名は、正式な任命を受けなかった。Political Keys[2025]によると、このうち、シュームルは失格となり、アミーン・バシール・バシール(Amīn Bashīr al-Bashīr)が繰り上げ当選して任命された。また、Syrian Memory Institute[n.d.]によると、シャッアールについても当選が無効とされ(理由は不明)、アリー・ファーイズ・ダーウード(‘Alī Fāyiz Dāwūd)が繰り上げ当選した。一方、クルスームも任命の対象から除外されたものの、繰り上げ当選者は選出されなかった。これら3名をめぐる交代について、人民議会選挙高等委員会は公式な発表を一切行っていない。

人民議会は2026年7月1日、人民議会選挙高等委員会が人民議会議事堂で開いた記者会見の内容に基づき、フェイスブック公式アカウントを通じて、表3の通り人民議会議員の県別配分を発表した(Majlis al-Sha‘b[2026a])。しかし、この県別配分では、選出議員数が137人、議員総数が207人とされており、いずれも実際に任命された議員数より1人多い数値となっている。

表3 議員の県別配分

 

選出枠 大統領指名枠 合計 割合
イドリブ県 12人 5人 17人 8%
ハサカ県 10人 7人 17人 8%
ラッカ県 6人 3人 9人 4%
スワイダー県 0人 2人 2人 1%
ラタキア県 7人 4人 11人 5%
アレッポ県 32人 14人 46人 22%
ヒムス県 12人 6人 18人 9%
ハマー県 12人 5人 17人 8%
ダルアー県 6人 4人 10人 5%
ダマスカス県 10人 5人 15人 7%
ダイル・ザウル県 10人 6人 16人 8%
ダマスカス郊外県 12人 5人 17人 8%
タルトゥース県 5人 2人 7人 3%
クナイトラ県 3人 2人 5人 2%

合計

137人 70人 207人 100%

出所:Majlis al-Sha‘b[2026a]をもとに筆者作成。

人民議会はまた、同記者会見の内容に基づき、フェイスブック公式アカウントを通じて、大統領指名枠の議員70名の学歴、社会的属性、職業などを表4の通り公表した(Majlis al-Sha‘b[2026b])。

表4 大統領指名枠の議員70名の学歴、社会的属性、職業など

学歴 ・高等学校卒業:17人
・学士号取得者:18人
・修士号取得者:12人
・博士号取得者:17人
・専門学校卒業:4人
・ディプロマ取得者:2人
社会的属性 ・専門人材(有識者):47人
・地域・部族などの名望家:23人
職業・専門分野 ・政治家・活動家:15人
・大学・研究機関関係者:13人
・医療分野:7人
・教育関係者:6人
・実業家:6人
・技術者:5人
・経済・行政分野:5人
・法律家:4人
・宗教関係者:4人
・作家:1人
・その他:4人
出身県 ・アレッポ県:14人
・ハサカ県:7人
・ヒムス県:6人
・ダイル・ザウル県:6人
・イドリブ県:5人
・ハマー県:5人
・ダマスカス県:5人
・ダマスカス郊外県:5人
・ラタキア県:4人
・ダルアー県:4人
・ラッカ県:3人
・クネイトラ県:2人
・タルトゥース県:2人
・スワイダー県:2人
性別 ・男性:55人
・女性:15人
その他 ・元政治犯:13人
・障害者:5人

出所:Majlis al-Sha‘b[2026b]をもとに筆者作成。

正副議長・書記の選出

人民議会選挙高等委員会は2026年7月1日、2026年決定第39号を発出し、人民議会の第1回会合を7月6日に開催することを決定した(al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2026i])。しかし、7月5日には2026年決定第40号を発出し、第1回会合を後日定める日まで延期することを決定した(al-Lajna al-‘Ulyā li-Intikhābāt Majlis al-Sha‘b[2026j])。‘Inab Baladī[2026]によると、この延期はフランスのエマニュエル・マクロン大統領のシリア訪問(2026年7月6~7日)を受けた措置であった。

2026年7月12日、当局による事前の日程公表がないまま、第1回会合が開催された。Ri’āsa al-Jumhūrīya al-‘Arabīya al-Sūrīya[2026]およびSANA[2026b]によると、会合には任命された議員206名全員に加え、シャルア暫定大統領、シャイバーニー外務・在外居住者大臣、アナス・ハッターブ(Anas Khaṭṭāb)内務大臣、およびワイス法務大臣が出席した。

会合冒頭、シャルア暫定大統領は議員らを前にした演説で以下のように述べた(SANA[2026b])。

人類は誕生以来、政治を組織し、社会を運営し、その利益を実現する最善の方法を探し続けてきた…。意見をすり合わせ、協議(シューラー)を広く行うことほど公益を実現する優れた方法はない。受容と合意は、分裂を排し、対立を克服し、合意形成と適切な判断をもたらす極めて重要な要素である。
シリアは今日、その文明、価値観、伝統を体現する新たな歴史を書き記し、現代シリア建設の新たな章を切り開こうとしている…。我々皆が重大な責任を負っている…。専制、戦争、破壊の歳月が、人間、都市、経済にもたらした傷跡は、祖国の利益を最優先し、チームワークの精神で行動し、国民への奉仕をあらゆる政策の目標とし、国家建設をすべての決定の基準とすることを求めている。
祖国が解放され、自由を取り戻した後、シリアは国家を安定させ、その制度を責任と能力を基盤として構築する段階へ移行する。そこでは尊厳が守られ、国民の意思が尊重される国家が築かれる…。経済再建、公共サービスの改善、投資環境の整備、雇用機会の創出、生産の拡大は、国家のすべての機関が共有する国民的責務であり、その筆頭が人民議会である。人民議会は、国家建設の段階に対応し、シリア国民の期待に応え、発展と繁栄を支える立法を行う責任を負っている。
人民議会を責任と能力の模範とし、対話の文化、法の支配、制度尊重の定着に貢献するとともに、新しいシリア建設の真のパートナーとなるよう…。議員がその責務を果たせるようアッラーの加護を祈るとともに、シリアとその国民を守り、人民議会が英知の論壇となり、国家の支柱となり、国民の声となること、そして全員が繁栄するシリア建設に成功することを願う。

また、アフマド人民議会選挙高等委員会委員長は以下のように述べた(SANA[2026b])。

人民議会第1回会議の開催は、シリアの歩みにおける歴史的な転換点であり、シリア国民の犠牲と忍耐を体現するとともに、新たな国家的活動の時代の幕開けを告げるものである…。本日実現した成果は、自由と主権のためにシリア国民が払った犠牲の結晶である。
人民議会議員選挙高等委員会は、暫定選挙制度の下で初となる選挙を誠実かつ高い能力をもって実施した…。この選挙は、シリア国民の自由な意思と、安定し明るい未来への願いを体現する人民議会誕生への礎となった。

続いて、人民議会議員はシャルア暫定大統領臨席のもとで就任宣誓を行った。

Majlis al-Sha‘b[2026c]によると、憲法宣言に基づき、最年長のウサーマ・ムハンマド・サーリフ・アッサーフ(Usāma Muḥammad Ṣāliḥ al-‘Assāf)が議長を、最年少のムハンマド・ファウワーズ・マハッリー(Muḥammad Fawwāz al-Maḥallī)が書記を務め、議事を進行した。さらに、バシャル・ナジュムッディーン・ハーウィー(Bashar Najm al-Dīn al-Ḥāwī)、ムハンマド・ウィサーム・ムハンマド・サラーフッディーン・ザグルール(Muḥammad Wisām Muḥammad Ṣalāḥ al-Dīn Zaghlūl)、アフマド・ウマル・ザイダーン(Aḥmad ‘Umar Zaydān)が、正副議長および書記の選挙を実施するための法務委員会委員に選出された。

Majlis al-Sha‘b[2026d][2026e][2026f]、SANA[2026b]によると、第1回会合では、正副議長および書記の選出が行われた。

議長選挙には、アブドゥルハミード・アキール・アウワーク(‘Abd al-Ḥamīd ‘Akīl al-‘Awwāk)、ムアイヤド・ハーイル・カブラーウィー(Mu’ayyad Hāyil al-Qablāwī)、ムハンマド・ラーミズ・アフマド・クーラジュ(Muḥammad Rāmiz Aḥmad Kūraj)の3名が立候補した。投票結果は、アウワーク99票、カブラーウィー75票、クーラジュ31票、白票1票で、アウワークが人民議会議長に選出された。

議長選出に続いて、副議長と書記の選出が行われた。副議長の選挙には、ムスタファー・アブドゥルワッハーブ・ムーサー(Muṣṭafā ‘Abd al-Wahhāb Mūsā)、ランキーン・ムハンマド・アブドゥー(Rankīn Muḥammad ‘Abdū)、ヌール・ムハンマド・ムアイヤド・ジャンダリー(Nūr Muḥammad Mu’ayyad al-Jandalī)、ガッサーン・マフムード・アブドゥッラー・ジュムア(Ghassān Maḥmūd al-‘Abd Allāh al-Jum’a)、マードゥンナー・スハイル・ビシャーラ(Mādūnnā Suhayl Bishāra)、アドナーン・ムハンマド・ジャマールッディーン・ファイユーミー・ハティーブ(‘Adnān Muḥammad Jamāl al-Dīn al-Fayyūmī al-Khaṭīb)、ムハンマド・ワリード・バーキール(Muḥammad Walīd al-Bākīr)、マイ・ナージフ・ハルーフ(May Nājiḥ Khalūf)、ムハンマド・スライマーン・ムハンマド・サラーフ・ダフラー(Muḥammad Sulaymān Muḥammad Ṣalāḥ Daḥlā)が立候補した。投票の結果、ムーサーが122票を獲得して第1副議長に、ビシャーラが67票を獲得して第2副議長に選出された。

さらに書記選挙には、ジャアファル・サーディク・アブドゥッラティーフ・タッハーン(Ja’far al-Ṣādiq ‘Abd al-Laṭīf Ṭaḥḥān)、アブドゥルカリーム・アフマド・バラカート(‘Abd al-Karīm Aḥmad Barakāt)、ムアイヤド・ムハンマド・ハビーブ(Mu’ayyad Muḥammad Ḥabīb)、ヤースィル・マフムード・シャッハーダ(Yāsir Maḥmūd al-Shaḥḥāda)、ウマル・ハムドゥー・グライブー(‘Umar Ḥamadū Ghuraybū)、アーイシュ・ハリーフ・フサイン・ザルカ(‘Āyish Khalīf al-Ḥusayn al-Zarka)が立候補した。投票の結果、ハビーブが87票を獲得し、書記に選出された。

SANA[2026b]によると、アウワーク議長は1966年にハサカ市で生まれ、安定支援ユニット(Unit of Support Stability)の法律顧問を務めるほか、憲法宣言草案起草委員会の委員も務めている。1990年にアレッポ大学法学部を卒業し、イスラーム大学で公法のディプロマを取得した。その後、2009年にレバノン・イスラーム大学で行政法の修士号を取得し、さらにベイルート・アラブ大学で憲法学の博士号を取得した。1993年から1998年までチグリス・ハブール流域局法務部長を務めたほか、1998年から2014年までシリア司法省で顧問級判事として勤務した。2016年からはトルコのマルディン・アルトゥクル大学政治学・国際関係学科の助教を務めるとともに、ユーフラテス大学法学部で講師を務めている。また、『社会契約と地域社会の展望』、『次期シリア憲法:専門家と地域社会の視点』、『法学入門』、『シリアにおける連邦制と現代的課題』、『シリアにおける中央集権と地方分権:理論と実践』、『シリアにおける安全保障改革』、『公共事業契約に起因する損害に対する行政および請負業者の責任』などの著書をはじめ、査読付き論文、学会発表、政策提言書、研究機関における研究成果を多数公表している。

ムーサー第1副議長は1977年生まれで、2000年にヨルダンで薬学の学士号を取得した。2019年にはシリア救国内閣のシューラー総評議会において薬剤師組合代表となり、その後、同評議会保健委員長、同評議会政府保健委員会委員長を歴任し、2021年10月には第2期シューラー総評議会議長に就任した。また、2025年2月にはシリア国民対話会議準備委員会委員に就任した。

ビシャーラ第2副議長は、シリアの研究者・大学教員であり、土木工学の博士号を有する。ラタキア大学土木工学部建設工学・施工管理学科長を務め、国際的な学術誌に多数の研究成果を発表している。また、市民社会活動家としても活動している。

ハビーブ書記は、政治学・国際関係学の学士号を取得している。シリア革命開始当初から革命運動に参加し、旧体制との戦闘で負傷した。また、ムカーラバート政治開発・研究センターの設立にも携わった。

参考資料